vol.33 コマツ(株式会社小松製作所)
2016年4月27日掲載
高校時代は電気が苦手だったという藤田さん。先生のアドバイスであえて電気工学の道に進んだことで、ご自分でも予想もしていなかった未来が開けたそうです。現在は大手建設機械メーカーのコマツで、電気系設計者として活躍中の藤田さんに、これまでの歩みを振り返っていただきました。
プロフィール
- 2009年3月
- 埼玉大学 工学部 電気電子システム工学科 卒業
- 2011年3月
- 埼玉大学大学院 理工学研究科 数理電子情報系専攻 博士前期課程 修了
- 2011年4月
- コマツ入社
- 現在
- 開発本部パワーエレクトロニクス開発センタ所属
※2016年3月現在。文章中の敬称は略させていただきました。
学問をフィクションの世界とリンクさせたら、理系は楽しい
藤田さんが電気工学を専攻された理由を教えてください。
藤田:実は、電気は苦手だったのです。得意だったのは物理学で、光電効果や光の回折が好きでした。
高校は理系のクラスですよね。やはり女子は少なかったですか。
藤田:少なかったですね。40人のクラスで女子は8人だけでした。看護や薬学志望のクラスは多かったのですが、物理や化学を専攻する工学・医学のクラスは特に少数でした。高校時代で印象的だったのは、物理の授業で「光の速さでものが動くと質量が無限大になる」と聞いたときのことです。先生に「テレビの特撮ヒーローって光の速さで動くのに、質量無限大でどうやって飛んでいるんですか」と質問したのですが、先生からは「それは君が大学で解き明かせばいいじゃないか」という返事が返ってきました(笑)。学問をフィクションの世界とリンクさせて考えると、色々な見方ができるようになるのだなと思ったものでした。
確かに小説やアニメの世界と学問をつなげると、理科系も楽しいですね!
藤田:実は私が一番夢中になったのは高校まで続けていた演劇部の活動でした。あまりに夢中になりすぎて進路のことなんて頭になかったものですから、副担任の先生が見かねて「光が好きなら光エレクトロニクスを専攻したら」と勧めてくれて、それがきっかけで電気電子システム工学科に進学することに決めました。工学部なら手に職もつけられるしいいかな、と。ちなみに偶然の一致ですが、演劇部では照明係をやっていました(笑)。
世界に1台だけの装置を使って酸化膜の計測に取り組む
大学ではどのような研究に取り組まれましたか。
藤田:シリコンカーバイド(SiC)の酸化膜成長速度の分光エリプソメータによる実時間観察に取り組みました。分光エリプソメータとは、製品やデバイスのパフォーマンスに大きく影響する薄膜の特性を非破壊・非接触で評価・測定できる装置のことです。膜に光を当てることで成長を実時間で計測できるため、薄膜を破壊せずに酸化膜の厚さを測ることが可能というわけです。
シリコンカーバイドは、現在主流のシリコン(Si)に代わると言われている次世代パワー半導体ですね。電力を変換する際のスイッチとして使用しますね。
藤田:そうです。そのシリコンカーバイドを半導体スイッチとしてデバイスに応用する際、スイッチをオン・オフするゲートをつくるために、絶縁膜が必要になります。このつくり方は簡単ですが、シリコンと違って品質があまりよくありません。そこで私は原因として酸化プロセスに着目し、分光エリプソメータを使って酸化中のSiO2膜厚を実時間観察して、酸化プロセスの解析を目指しました。
膜を観察するというのは、なかなか想像しづらい研究ですね。
藤田:シリコンカーバイトは、シリコンに比べて熱に強いため、冷却装置を簡略化できることが利点です。反面、高い温度で反応させないと膜厚が出てきません。そこで私は酸素の供給量を減らしてわざとゆっくり反応させて、酸化の初期でどんな反応が起きるかを観察しました。
研究のどんな点が大変でしたか。
藤田:当時は自動計測ができなかったので、研究室に泊まり込んでずっと反応を観察するということをしていました。また、実験で使用していた分光エリプソメータが世界で1台だけのオーダーメイドの装置だったので、壊れたり調子が悪くなったりしても、自分で直すしかなかったのがきつかったですね。
世界で1台だけの装置での研究だったのですから、貴重な研究でしたね。
藤田:酸化プロセスが膜の品質にどんな影響を与えるかという研究は世界で誰もやったことがなかったと思いますから、データをそろえられただけでも意義があったと自負しています。ただ、学術的な研究でしたので、学会に出てもメーカーの方からはあまり興味を持ってもらえませんでした。「君の発表はグラフがきれいだね」とか変なところを褒められたりして(笑)。けっこう悔しかったですね。
半導体の知識を活かして建設機械の設計で活躍
コマツに入社された動機を教えていただけますか。
藤田:先ほども申し上げたように私は光に興味がありましたから、就職活動では光学関連の企業を受けていたのですが、たまたま出席した光学系メーカーの説明会で、半導体リソグラフィ用エキシマレーザを製造しているギガフォトンという会社がコマツの関係会社だと知りました。コマツといったら建設機械じゃないですか。そこがどうして光学にも手を出しているのだろうと、すごく意外で心ひかれました。
光学系メーカーの説明会で建設機械のコマツの名前が出てくるなんて、面白いですね。
藤田:ええ。それで興味を持ってコマツの説明会に出席してみたら、ちょうどハイブリッドの建設機械を手がけているところで、ならばパワー半導体の知識はきっと活かせるだろうと思ったわけです。
ちょうどハイブリッド自動車が本格的に普及してきたのもその頃でしたか。
藤田:そうですね。私の研究室でも自動車メーカーを受ける人が多かったですよ。特にシリコンカーバイドなどパワー半導体を研究していた人は。
以来、ずっとパワーエレクトロニクス開発センタでお仕事をされているということですね。お仕事内容について教えてください。
藤田:ハイブリッド油圧ショベルのインバーター設計(※1)、特にパワー半導体ドライブ関係の回路設計に携わっています。油圧ショベルなどの建設機械は、通常ディーゼルエンジンで動いていますが、CO2削減や燃費向上などの観点から、回生した電気エネルギーを活用しているのがハイブリッド油圧ショベルで、コマツが世界で初めて市場導入したハイブリッド建設機械です。
はい。自動車のハイブリッド化の流れと同じですね。
藤田:ええ。ハイブリッド自動車は走行して停止するときの回生エネルギー(※2)を電池に貯めています。一方、油圧ショベルでは電気モーターによる旋回運動を減速させるときの回生エネルギーを電気エネルギーに変換し、キャパシター(コンデンサ)に貯めて、次に旋回させるときにまたキャパシターから供給するという仕組みになっています。私は、ここで使われるインバーターを設計しています。インバーターはモーターやキャパシターを制御する頭脳のような存在です。
ショベルの旋回によって、回生エネルギーを得るとは知らなかったです!お仕事の中で特に印象に残っているエピソードはどんなことですか。
藤田:やはり初めて自分で設計からレビューまで担当したことですね。学生時代はモノづくりに携わっていたわけではなかったので、品質や信頼性について理論立てて検討していく過程は大変でしたが、本当にやりがいがありました。
そこはメーカーならではの喜びであり、厳しさですよね。
藤田:コマツは品質にとても力を入れていますから、例えば耐久性についても、使用のされ方と寿命の関連について、きちんと筋道を立てて説明しなければいけません。そのために自分で計算し、結論を全員に認めてもらわないといけない厳しさがあります。
実際に設計する際は様々な部署の方との連携が必要でしょうね。
藤田:そうですね。特にソフトウェアの開発を担当している人とは密に連携を取っています。また機械系の出身者が多い会社ですから、電気について理解してもらいやすい説明を心がけています。
現在の学生時代に学んだ電気工学の知識や経験は、お仕事の中でどのように活かされていますか。
藤田:電気工学の基礎知識はもちろん、半導体関係の研究で得た知識はパワー半導体回路の動作や特性理解に多いに役立っています。何よりも高校時代は電気が苦手だったというのに、今ではこんなに大きい建設機械を制御する仕事に就いているというのは、自分でも不思議です。まさか電気回路の教科書をいまだに開いているとは思いませんでしたよ(笑)。
(※1)インバーターとは、直流電力を交流電力に変換する電気回路。
(※2)回生エネルギーについては、身近な電気工学「モーターと回生ブレーキ」もご覧ください。
自分が手がけた機械が活躍する姿に胸を熱くする
今後の目標について聞かせてください。
藤田:まずは信頼される技術者になりたいというのが一番にあります。コマツは品質にたいへんこだわっていますから、信頼性について胸を張れるような製品をつくり続けていきたいです。そして、燃費やコストパフォーマンスも含めて、常に誰かにとって価値の高いものをつくり、「私が設計した」と言えるようでありたいですね。
ご自分の手がけた製品を街の中で見かけると嬉しいでしょうね。
藤田:そうですね。都市部だとなかなか動いている製品を目にする機会は少ないですが、工場などの旋回作業が多い現場で稼働している様子を見ることがあります。自分の携わった機械が現場で活躍している様子を見ると、、胸が熱くなります。
改めて、電気工学を学んでいてよかったと思うのは、どんなことでしょうか。
藤田:私が高校時代に興味を持っていたのは光の分野でしたから、電気工学を専攻していなかったら今のようなモノづくりに取り組んでいる未来はなかったと思います。電気工学というのは進路の幅が広くて、興味次第で様々な分野で活躍できます。いろいろな未来を選べるというのは、やはり電気工学の一番の魅力ではないでしょうか。
電気工学を学んだからこそ、藤田さんもコマツと出会えたわけですからね。
藤田:ええ。思いも寄らなかった縁が生まれたと思っています。
では最後に、電気工学を学んでいる学生の皆さんにメッセージをお願いします。
藤田:私が就職活動をしていた時期はリーマンショック後の氷河期でしたから、うまくいかない人がたくさんいました。そんな中で私は、それまで考えてもいなかった分野に目を向けたら、新しい道が開けてきたのです。ですから学生の皆さんには、いろいろな分野に興味を持ってもらいたいですね。私の知り合いには、フルーツ・オレがすごく好きだから食品メーカーに入って電気の知識を活かして生産技術として活躍している人もいます。そんなふうに、興味のある分野にいくらでも関わっていけるのが電気工学ですので、いろいろなチャレンジをしていただきたいと思います。
ぜひこれからも建設機械の進化を支える技術者として活躍を期待しています。
本日はありがとうございました。
バックナンバー
- vol.53 日々の確実な作業の積み重ねで、地下鉄というインフラを支えたい。
- vol.52 電気工学を活かして技術の発展に女性の視点を反映したい
- vol.51 東西日本間の電力融通を通じて安定した電力供給に貢献したい。
- vol.50 情報科学の知見を活かして電力業界のDX化に貢献したい。
- vol.49 電力業界の新たなルールへの対応の検討を通じ、カーボンニュートラルの実現に貢献したい。
- vol.48 変電技術者として変電所の運営に携わり、電気のある明るい生活を支えていきたい。
- vol.47 空港という重要施設を電気のスペシャリストとして守っていきたい
- vol.46 海底ケーブルのスペシャリストとして電力インフラを支えていきたい。
- vol.45 「ワクワクしつつ冷静に」をモットーに電力の安定供給に貢献したい。
- vol.44 “縁の下の力持ち”として測定器づくりによって社会を支えていきたい。
- vol.43 電力インフラを支える仕事を通じて、環境保護などの社会貢献を続けていきたい。
- vol.42 誰からも認められる女性技術者となり、 発展途上国の人々の暮らしに貢献したい。
- vol.41 電験1種取得者としての専門性を活かし、 電力業界で必要とされる人材であり続けたい。
- vol.40 電気工学の知識をもっと身につけ、 信頼される技術者になりたい。
- vol.39 大容量の電力貯蔵を実現するNAS電池の普及を通じてエネルギー問題の解決に貢献したい。
- vol.38 電気工学の知識を活かし、設備設計のプロとして活躍したい。
- vol.37 電動化が進むクルマの、これからの進歩を支えたい。
- vol.36 電力を支える使命を持った 信頼される存在になりたい。
- vol.35 世界に広がる活躍のステージ。 社会貢献への期待に応えたい。
- vol.34 四国の電力を支える使命を持って、火力発電の未来を拓きたい。
- vol.33 世界中のヒトに信頼される、建設機械を設計したい。
- vol.32 変電設備の最前線で、 電気の安定供給に尽くしたい。
- vol.31 都市レベルでものごとを考えられる、広い視野を持った電気設備設計者になりたい。
- vol.30 高電圧・高電界分野の技術開発で、 電力機器を進化させたい。
- vol.29 電力系統解析の研究者として、 社会や現場のニーズに応えたい。
- vol.28 電力・エネルギーの専門家として、社会に広く情報発信したい。
- vol.27 世界の海洋開発と海上物流を、最先端の電気技術で支えたい。
- vol.26 電力系統を守って人々の生活を支えたい。
- vol.25 新しい制御技術で、 環境にいいクルマを実現したい。
- vol.24 世界の産業を支える 技術者として活躍したい。
- vol.23 日本が誇る電力技術を、 世界に広めたい。
- vol.22 宇宙を駆ける、世界初のものづくりをしたい。
- vol.21 電気工学を活かして、交通安全を支えたい。
- vol.20 製鉄現場を電気技術者として支えたい。
- vol.19 エネルギー・環境問題の解決と、 日本の産業を強くしたい。
- vol.18 電力の安定供給を支えたい。
- vol.17 ものづくりの現場に、 電気の専門家として貢献したい。
- vol.16 社会の役に立つ、電気の研究をしたい。
- vol.15 電気工学で、地球環境を守りたい。
- vol.14 世界に広がる省エネ機器をつくりたい。
- vol.13 世界中の社会インフラを支えていきたい。
- vol.12 電気工学で、半導体の進化を支えたい。
- vol.11 電気工学で、日本の鉄道を支えたい。
- vol.10 世の中ではじめての電力機器をつくりたい
- vol.9 電気を広めて、紛争のない世界を実現したい。
- vol.8 宇宙空間で動く、究極の電源をつくりたい!
- vol.7 風力発電で、エコの輪を世界へ広めたい。
- vol.6 電気工学で、日本のケータイを世界へ広めたい。
- vol.5 夢の超電導ケーブルを、世界中で実現したい!住友電気工業株式会社 西村崇さん
- vol.4 エコキュートをもっと便利に。電気工学で地球環境を守る。
- vol.3 電気は、社会に不可欠なライフライン。だから、私は高電圧・大電流に向き合う。
- vol.2 電気工学を応用して、世界一のハイブリッドーカーを開発したい!
- vol.1 電気工学は一生の財産。どこへ行っても使える学問です。