vol.3 東北学院大学
2013年11月29日掲載
呉国紅教授は、東北学院大学工学部電気情報工学科で教鞭を執りながら、分散電源を含むマイクログリッド電力システムの構築・設計と安定運転技術の研究を行っています。日本と中国の文化を超えたご経験は、たとえ文化が違っていたとしても、人のために物事を考えれば必ず理解が得られるという学生指導の中にも現れています。来日当初にご苦労されたこと、電気工学に進んだ理由や日本の大学で感じたこと、なぜ日本の大学で教授になったのかなどお聞きしました。シリーズ3回目になる今回も聞き手は、北海道大学の北裕幸教授です。
プロフィール
- 1989年7月
- 天津大学工学部電気工学科卒業
- 1993年9月
- 天津大学工学部電気工学科博士課程入学(飛び級)
- 1994年3月
- 天津大学工学部電気工学科修士課程修了
- 1995年10月
- (来日)
東京大学工学部電気工学科博士課程研究(国費留学) - 1997年9月
- 東京大学と天津大学の共同指導で工学部電気工学科博士課程修了 博士(工学)
- 1997年10月
- 東京大学工学部電気工学科JSPSリサーチ・アソシエト、協力研究員
- 2001年4月
- 東北大学工学研究科電気・通信工学専攻寄付講座教員
- 2005年4月
- 東北学院大学工学部電気工学科講師
- 2006年4月
- 東北学院大学工学部電気工学科助/准教授
- 2011年4月
- 東北学院大学工学部電気工学科教授
※2013年10月現在。文章中の敬称は略させていただきました。
日本への留学は光栄なこと。
博士課程の研究を通じて電力系統について勉強したい。
なぜ、大学で電気工学を学ぼうと思ったのですか。その理由をお教え下さい。
呉:子供の頃から、電力・エネルギー、電気機器については、その中身や動作原理などは良く分からないものの、目に見えなくてもいろいろなことができ魅力的な存在でした。自分も将来このような技術を身に付け、何か新しいモノを作って社会に役に立てれば嬉しいなあと単純に考えており、大学入学の際に、電気工学およびコンピュータ工学を志望しました。
中国の大学(天津大学工学部電気工学科)ではどのようなことを勉強したのですか。
呉:天津大学工学部電気工学科では、大きく4つの分野(電力系統及びその自動化技術、電力機器技術、電気制御技術並びに計測通信技術)から選択して学ぶことができますが、わたしは、発電、パワーという言葉のイメージが、自分のやりたいことと合っていたので、「電力系統及びその自動化技術」を選択しました。また、その中でも特に保護リレーシステムについて勉強しました。
なぜ、日本の大学院(博士課程)で電気工学あるいは電力工学を学ぼうと思われたのですか。
その理由を教えてください。
呉:最初は留学することをあまり深くは考えていませんでした。それよりも博士課程での研究を通して、電力系統およびその自動化技術についてもっと研究したいという気持ちの方が強かったです。そのときに丁度、日本政府と中国政府の間で、博士課程研究の交換留学生を互いに全国で40名派遣するという制度があり、それに応募したのが日本に留学することになった理由です。このため、アメリカやヨーロッパなどの留学については全く考えませんでした。また、私の修士課程の研究分野から、日本へ国費留学が決まった際に、全く迷いがなく電力工学を学ぶことを決めました。
日本に行くことに不安はありませんでしたか。
呉:一番の不安は言葉でしたね。日本は技術が進んでいるというイメージが強かったので、日本に留学すること自体はとても光栄なことでしたが、言葉については本当に全く分からなかったので不安でしたね。ただ、先ほどの交換留学生の制度に合わせて、旧文部省(現文部科学省)が日本語の予備学校を中国に作ってくれて、そこで1年間、日本語の勉強をさせてもらいましたので、会話は十分にはできませんでしたが、日本語の技術論文についてはかなり理解できるようになっていたと思います。
学生時代はやる気満々で、
朝から晩まで楽しく研究をしていました。
博士課程(東京大学)での研究テーマについて教えてください。
呉:1995年に博士課程の研究を開始したとき、ちょうど1989年にアメリカのEPRIによって提案されたFACTS(Flexible AC Transmission System)という技術の研究が盛んに行なわれており、自分もこの技術にとても興味を持ちこの研究に取り組みました。具体的な研究テーマは、FACTS機器が電力系統へ導入された際に、電力系統の安定度を向上するための最適設置箇所の選定および制御系の設計に関する内容でした。
FACTSについてもう少し詳しく教えていただけますか。
呉:従来の交流電力ネットワークを受動的なシステムからそれぞれの用途に応じて能動的なシステムへと改善する革新的なパワーエレクトロニクス応用電力制御機器のことをFACTS(Flexible AC Transmission Systems)機器と呼んでいます。FACTS機器にはSVC(Static Var Compensator)、STATCOM(Static Synchronous Compensator)、TCSC(Thyristor Controlled Series Compensator)、HSPS(High Speed Phase Shifter)、UPFC (Unified Power Flow Controller)などが代表的なものとして挙げられます。
FACTS機器が導入された電力系統をシミュレーションするためのツールは自分で作られた。
呉:はい。今では、いろいろなシミュレーションツールがありますが、当時はそういうものがなかったので、全部自分で作りました。特に、FACTS機器の動作をシミュレーションするためには、電力系統や発電機などの動作・制御なども詳細にモデル化しなければならないので、とても大変でした。上手くいかないときは、夢でも研究のことをしばしば考えていたことが記憶に残っています。
修士課程での研究(保護リレーシステム)とは少し違う分野だったわけですね。
呉:そうですね。電力系統については学部の時に勉強はしていましたが、より専門的な部分について、特に日本語の専門用語がよくわかりませんでした。このため、深い意味が理解できないことがありました。
では日本語の文献もたくさん読まれたのですね。
呉:はい。ただ、技術論文の場合は、理解にあいまいな部分があってはだめで、100%理解することが重要と思っています。日本語の文献を読むときはそれが一番難しかったですね。
普段の研究打ち合わせは日本語で行っていたのですか。
呉:はい。最初の頃には、日本語がまだ充分に上達しておらず、ゼミなどで研究内容について意見交換をする際に、言いたいことがいえず苦労しました。ただ、スタートの時点では大変苦労しましたが、逆に、苦労することでたくさんのものが得られたと思っています。
研究室での楽しい思い出をお教え下さい。
呉:学生時代は、是非、電力技術の発展に貢献したいという気持ちが強く、やる気満々で朝から晩まで楽しく研究を行っていました。最初の頃は自分が片言の日本語しか喋れなくても、指導教官の横山明彦先生をはじめスタッフの方が優しく対応して下さり、また、チューターや周りの方々も熱心に付き合ってくれたことが印象に残っています。研究設備なども整っており、大変研究しやすい環境だと思いました。その他、客員研究員の方々も参加された飲み会を毎回大変楽しみにしており、普段の研究では使わない日本語もたくさん教えていただきました。
国籍ではない。
自分の能力が一番発揮できるトップクラスの大学へ。
大学院終了後、日本の大学に就職したのはなぜですか。
呉:最初から大学の教員になることは考えていました。若かったので、自信満々なところもあって、とにかく自分の能力が一番発揮できるトップクラスの大学に就職したいと思っていました。中国に帰るか日本に残るかと言った「場所」ではなく、中国でも、日本でも頑張れば成果を挙げられそうなところに就職したいと思っていました。
国の違いは重要ではなかったということですね。
呉:そうですね。今でも学生を教育するときには、国籍はあまり意識しないようにしています。教育者としては、責任を持って学生を育成することが天職であり、国籍を意識すると本当の教育ができないと思っています。学生が中国人であれ日本人であれ関係ないと思っています。
研究課題は、再生可能エネルギー大量導入に対応した系統安定化
現在の研究室の研究内容について教えていただけますでしょうか。
呉:再生可能エネルギー発電の有効利用に関連するものが一番多いですね。また、FACTS機器、自励式直流送電(HVDC)、電力貯蔵システムおよび電気車両用モータシステムのパワエレ回路とその制御技術、超電導発電機の電力系統への導入効果についても研究しています。なお、これまでは系統用のFACTS機器、直流送電などがメインだったのですが、最近は、再生可能エネルギー発電の大量導入に対応用の機器やシステムについて研究しています。例えば、ハイブリッドマイクログリッドの研究開発や、洋上風力発電の直流送電技術、再エネの大量導入に対応した系統安定化のためのFACTS機器などです。その他に、再エネの予測技術、制御技術、貯蔵技術などに関する技術についても研究を行っています。
再生可能エネルギーは電力系統にどんな影響を及ぼすのかについて教えてください。
呉:電力系統に再エネが大量に導入されると、今までの安定な電力系統に、不確実性、不安定性という新しい要素が入ってきますので、電力系統側では余剰電力問題、周波数調整問題、送電容量管理問題などが挙げられます。また、日本では住宅用の太陽光発電の占める割合が高いと考えられ、これらが配電系統に大量に導入されると、配電系統側では逆潮流、電圧変動、不平衡と高調波問題が現れてきます。それを電力系統技術とパワエレ技術を利用して如何にして対処するかということが重要と考えています。
学生時代の研究は、現在の研究にどのように活かされていますか。
呉:学生時代の研究を通して、電力工学に関わる知識や技術を得ることができましたので、現在の仕事に直接的に活かされております。また、その時に培った研究の方法や手段などに関わる技能、指導教官と研究室から学んだ学生指導の要領・経験なども、現在の学生教育および研究の仕事でも活かしています。
今振り返って、電気工学を学んで良かったなぁと思うことをお教え下さい。
呉:電力・エネルギーは社会の基盤です。このことは、先の大震災で多くの人が理解したのではないかと思います。私自身は、この技術の発展に微力ながらも貢献できていることは、幸せなことだと思っています。
日本の技術は、品質や信頼性を大事にする。
和食のように細かいところまで妥協しない。
日本に来て、留学または就職して良かったことは何ですか。
呉:技術知識の増加、人生経験の拡大、異文化の理解と融合、学生育成および研究遂行から得られた達成感および満足感などが挙げられます。
逆に困ったことは何ですか。それはどのように克服しましたか。
呉:言葉、習慣および文化の違いによる微妙な意思疎通における支障が時々あります。それを克服するための特効薬はないかと思いますが、「人を愛する」「人のために物事を考える」などの思考を持って、自分が正しいと思われることをやれば、いずれ他の人の理解を得られると思っています。
お仕事(研究)で、今後どのような事をやってみたい、または目指したいと思いますか。
呉:知識と技術力を持つ、グローバル思考を有する有用な人材を可能な限り多く育成し、日本及び世界の将来に貢献してもらいたいです。また、われわれの共通の母親である地球の環境を保持または改善できる技術に関して、教育、研究開発、推進活動等を通して微力を尽くしていきたいと考えております。
最後にこれから日本への留学に興味のある学生へのアドバイスをお願いします。
呉:日本文化の繊細さ、深さ、和食の美味しさを存分に味わってください。また、日本の電気技術は、和食と同様に細かいところまで妥協することなく、着実に最善へ追求し続けています。日本の技術は、派手さはありませんが地道で着実であり、品質や信頼性を大事にする技術ではないかと思います。これをぜひ学んでいただきたいですね。
本日はお忙しいところありがとうございました。