ドローン及びAIを活用したダム遮水壁点検手法の開発

2023年3月31日掲載

開発者

古賀 俊生(こが としいき)

九州電力株式会社 福岡支店 企画・総務部 通信ソリューショングループ

1995年
福岡県立福岡工業高等学校 電子課卒業
1995年
九州電力株式会社入社、電子通信部門に配属、現在に至る

はじめに

近年、ドローンの応用分野が急速に拡大し、空撮だけでなく、点検、測量、物流、農薬散布など、様々な分野で活用が期待され、「空の産業革命」とまで言われています。
私たち、九州電力電子通信部門は、2015年からドローン操縦技術者を育成し、用途に合わせた様々なドローンや搭載する高機能カメラ、レーザー測量機などを使い、電気設備の巡視・点検を効率化・高度化するだけでなく、地震、台風、大雨などで被災した電気設備や人が容易に立ち入れない被災地状況を、迅速に情報収集する取り組みを進めてきました。
今回、ドローン搭載型超高画質カメラ(12K)と独自開発したドローン自動飛行プログラムの組み合わせによる短期間で高精細な点検画像を収集する手法や、点検画像のAI解析による不具合箇所の自動判定手法を開発し、従来、私たちが取り組んできた電気設備点検のうち、揚水発電用上部調整池の遮水壁点検へ導入しましたのでご紹介します。

ダム壁面点検の課題

水力発電所の多くは建設から長期間経過し、長寿命化と老朽化対策が課題となっており、水力発電所土木建築設備の保全効率化・高度化を図る取り組みを推進しています。
今回対象とした揚水式水力発電所の上部調整池は、国内最大規模となる約30万㎡の遮水壁を備えており、遮水壁表層には紫外線による劣化を防ぐため、厚さ2mmのアスファルトの「表面保護層」が塗布されています。
従来は、点検員が船から調整池の遮水壁を目視により点検・調査して、表面保護層に剥離などの劣化状況を確認していましたが、以下の課題がありました。

目視による点検であるため、見落とし等が発生する可能性がある

広大な調整池の遮水壁の劣化進行度合いを詳細把握することが難しい

大瀬内ダム

宮崎県児湯郡木城町大字石河内

一級河川小丸川の支流大瀬内谷川の最上流部に大瀬内ダム(アスファルト表面遮水壁型ロックフィルダム、高さ65.5m)を築造して上部調整池とし、小丸川本流の中流部に石河内ダム(コンクリート重力式ダム、高さ47.5m)を築造して下部調整池とし、その間を約2.8kmの水路で連結し、有効落差約650mを利用して、純揚水式の発電所にて最大出力120万kWの発電を行う

上部調整池の大瀬内ダムは、遮水方式としてアスファルト全面表面遮水壁型を採用しており、遮水壁の舗設面積は約30万㎡で同タイプの調整池としては国内最大

アスファルト表面遮水壁のドローンでの撮影

遮水壁の表面保護層は厚さ2mmと薄いアスファルトであり、人が立ち入ると表面保護層が剥離してしまうため遮水壁上を歩行することができません。
このため、広大な遮水壁を効率的かつ確実に点検できるようにドローンによる写真撮影にて点検画像を取得することとしました。
当初使用したドローンは、クアッドコプター(4枚羽)搭載の2,000万画素(4K)のカメラでドローンを手動操縦し、撮影したものの、点検が可能な解像度では壁面に近接して撮影する必要があるため撮影時間が膨大となり、限られた発電所停止期間内では広大な遮水壁全面の撮影ができませんでした。
また、手動操縦では遮水壁とドローンの距離を一定に保てず、撮影された遮水壁の点検写真解像度にばらつきがあり、不具合箇所の検出に支障をきたすものでありました。

超高画質カメラ(12K)の採用

効率的に幅広く撮影するために、私たちは1億画素(12K)カメラをドローンへ搭載することとしました。
 超高画質カメラでは、必要な解像度を保ちつつ、より高い高度から、広い画角の写真撮影ができるため、撮影時間の大幅な削減ができるとともに、ドローンの安全飛行にもつながる結果となりました。

使用ドローン

ヘキサコプター(6枚羽)

対角1.6m、総重量1.3kg、飛行時間約20分

使用カメラ

11,664×8,750、1億画素(12Kサイズ)

80mm単焦点フォーカスレンズ

ドローンの自動飛行プログラムの開発

 手動操縦では遮水壁とドローンとを一定距離を保って飛行することが難しいため、自動飛行によるドローンの飛行が不可欠でした。
 しかし、市販されているドローンの自動飛行プログラムソフトは一定高度での飛行しか設定できず、斜面との距離を一定に保った飛行ができませんでした。
 そこで私たちは斜面との距離を一定に保ちつつ、斜面にカメラが正対して撮影するドローンの自動飛行プログラムを独自で開発し、ドローンによる斜面撮影の自動化を実現させました。このドローン自動飛行プログラムは特許を取得しています(特許第6902763号)
 この開発により撮影された遮水壁の解像度が一定となり、不具合箇所の長さ等の計測が正確に行えるようになりました。また、自動飛行により、ドローン操縦者の負担軽減にもつながっています。

自動飛行プログラム設計出力画面自動飛行プログラムで飛行するドローン

ドローン撮影時間の短縮

発電所の短い停止期間内で全面点検撮影を完遂できるように、最大3台のドローンを使用して撮影を行っています。
これにより約30万㎡の広い範囲を3日程度で全面撮影することができています。

最大3台でドローンを飛行

連続写真からの三次元モデル作成及びオルソ画像作成

ドローンで撮影した連続写真からステレオマッチング手法である空中三角測量(Structure from Motion (SfM))を行い、SfMで推定した画像特徴点と複数のステレオペア画像から高密度点群モデルを構築(Multi-view Stereo (MVS))します。点群モデルから三次元モデルを作成後、正射変換したオルソ画像で画像出力しAI解析を行っていきます。
※オルソ画像:写真上の像の位置ズレをなくし空中写真を地図と同じく、真上から見たような傾きのない、正しい大きさと位置に表示される画像に正射変換したものです。
オルソ画像は、写された像の形状が正しく、位置も正しく配置されているため、画像上で位置、面積及び距離などを正確に計測することが可能です。

オルソ画像

AIを活用した画像解析

ドローンで撮影した画像から生成されたオルソ画像をもとに不具合箇所を探していく必要がありますが、人の目による確認は膨大な時間と労力を費やすだけでなく、見落としや品質のバラつきが発生します。
そこで、私たちは、オルソ画像をAIで画像解析し、劣化個所を色分けすることで、劣化状況を人の目で点検・調査していた業務を自動化することとしました。

超高画質で巨大なファイルサイズであるオルソ画像で画像解析するのは困難であるため、画像解析をするためにはオルソ画像を一度分割することとしました。分割して解析をした後、結果を結合することにより画像解析が可能となりました。

作成する画像解析の種類

画像解析には、「分類」(Classification)と「検出」(Detection)という大きな分類があります。今回の目的は破損個所や劣化状況の点検であるため、「分類」よりも「検出」が適しています。「検出」の中でも、「物体検出」と「領域の検出」に分けられ、結合する際は物体ではなく領域を結合するため、「領域の検出」を行うAIを作成しました。

AIの作成

作成するAIは、「マッドカーリング」、「ブリスタリング」、「はく離」の3種類を検出できるものであります。教師データを用意する必要があり、専門家の土木建築本部が確認した正確なデータを使用しました。AI精度はF-scoreによって判定します。

マッドカーリング:付着した土粒子が乾燥収縮した時に、表面保護層をめくり上げる損傷

ブリスタリング:太陽の日射によって舗装体の温度が高くなる影響により、上部舗装体の内部に含まれた水分が蒸発し、その蒸気圧により舗装体を持ち上げる現象

はく離:表面保護層が外的要因によって破れ、内側のコンクリートがむき出しになる現象

マッドカーリング

ブリスタリング

はく離

AIの作成

AIは検出精度が高いだけではなく、検出結果をユーザが容易に利用できる分析ソフトウェアも重要であります。
撮影に使用した12Kのオルソ画像をダウンロードして表示するソフトウェアの場合、ドローン画像1枚で60Mbyte以上あるため、表示に時間がかかる。そこで、Agri Managerというクラウドサービスでオルソ画像を管理しました。
本システムは、圧縮したオルソ画像と分割した高画質オルソ画像を使用しています。ユーザが地図情報を縮小している場合は圧縮した画像を表示し、ズームをした場合は該当箇所の分割された高画質オルソ画像をダウンロードして表示するシステムであり、高速に表示できます。

 「ブリスタリング」は小さいため、地図情報を縮小し、俯瞰して見ている場合はAI検知箇所がわかりません。
そのため、検知箇所を青い四角で強調表示できるシステムを開発し、俯瞰で小さな検知結果が確認できるようにしました。

開発の結果と今後の目標

ダム遮水壁点検にドローン及びAIを活用したことによって多大な効率化とコスト削減を図ることができました。
今後もさらなるドローン撮影やオルソ画像作成の時間短縮化やAIの解析精度を向上する取組みを続け、ダム遮水壁点検の効率化、高精度化を図るとともに電力の安定供給に寄与していきたいと思っています。

学生へのメッセージ

今回紹介した研究開発は電気工学からは遠い分野ではありますが、ドローン、超高画質カメラ、AIなど様々な情報通信技術を利用して電気の安定供給に寄与できます。
私は電子通信部門に所属していますが、専門外のダム遮水壁点検の効率化、高度化へチャレンジし、わからないことを勉強し、世の中に無いものは新しく開発し、試行錯誤を繰り返していくことで技術者として大きく成長できたと思います。
これから先、AI等情報通信技術は電気工学分野でも必ず必要となってくる技術だと思っています。
学生の皆さまも色々なことにチャレンジして、ご活躍、ご発展されることを期待しております。


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