vol.26 上智大学 坂本 織江 准教授
2017年1月31日掲載
坂本 織江(さかもと おりえ)
上智大学 理工学部 機能創造理工学科 准教授
- 2006年
- 東京大学大学院 工学系研究科 博士課程修了 博士(工学)
- 2006年
- 財団法人電力中央研究所 研究員
- 2007年
- 同 主任研究員
- 2011年
- 上智大学 理工学部 機能創造理工学科 助教
- 2016年
- 同 准教授
この間
2012年 - 2013年 明星大学 理工学部 総合理工学科 非常勤講師
仕事柄、これまでに何度か中学生や高校生向けの実験教室を担当しました。私は普段の研究では電力系統の発電機やモーターのシミュレーションをしています。回るもの(発電機やモーター)と動き続ける巨大なシステム(電力系統)に惹かれてこの分野に足を踏み入れたこともあり、せっかくならその体験をとは思うのですが、大学の普通の教室では大きな発電機やモーターの実験はできず、かといってシミュレーションをするのも分かりにくそうで、実験教室の話が来るたびに試行錯誤してきました。
初めて実験教室を担当したのは4年前です。オープンキャンパスで、確か30人ほどの中高生に英語で講義と実験をという企画でした。最初は回るものということでクリップモーターを作ってみようと考えました。クリップモーターは、電池と銅線、磁石、クリップを使って作るモーターです。インターネットで調べると、
- (1) 銅線(ポリウレタン銅線)を巻いてコイルを作る
- (2) そのコイルの端を回転軸としてまっすぐ伸ばす
- (3) 軸の端のコーティングを削る
- (4) クリップを曲げて固定し、コイルを支える
- (5) そのクリップを電池に接続する
- (6) コイルの下に磁石を置くとコイルが回る
というような作り方が載っています。簡単に手に入る材料でモーターを作ることができる魅力的な実験です。しかし試しに作ってみると、軸が曲がったり全体のバランスが悪かったりしてなかなか回りません。きちんと回るように作ることが意外と難しいのです。さらに説明が英語では時間内に作るのは無理なことに思われて、諦めました。結局このときは市販の実験キットを使って風力発電機を作ったのですが、参加した人からはもっと大学らしい実験を体験したかったという感想があり、心残りのある内容となってしまいました。
そのすぐ半年後に、2回目の実験教室を担当しました。今度は5~6人のグループで、いくつかの実験テーマを15分ずつで回っていく方式とのこと。クリップモーターを作るには時間が短いですが、グループごとの人数が少ないので説明はしやすそうです。ここは前回の反省を生かして大学の研究の雰囲気を体験してもらおう、それにはやはり発電機のシミュレーションかと考えて、発電機を制御(コントロール)してみようという企画にしました。表計算ソフトウェアで、発電機の電圧が狙った値になるように制御系(コントローラ)の設定を調整するというシミュレーションを作りました。結果として今度は内容が細かくなりすぎて、グラフは出てきたけれど何をしているのか分からなかったという感想をもらってしまいました。
そして昨年の夏、3回目の実験教室の依頼が来ました。大学のオープンキャンパスで、人数は40~50人、時間は1時間くらい、内容は参加者一人ひとりが自分で手を動かして体験できるものが理想的・・・と大学からの要望は続きます。二度あることは三度あるのか、三度目の正直か。守るか攻めるか悩みましたが、思い切ってクリップモーターに挑戦することにしました。
まずは研究室の学生と一緒に、ひさしぶりにクリップモーターを作ってみました。何個か作るうちに勘所が分かってきます。
(1) 銅線を巻いてコイルを作る(必要なもの:銅線・バランス感覚、難易度☆)
銅線は細いと巻きやすいものの柔らかくて軸が曲がりやすくなり、太いと軸はしっかりするものの巻きにくくなります。巻く回数も、少ないと回る力が足りず、多いと重くなって回りにくくなります。ほどよい曲げやすさと硬さのある銅線を選び、今回は単3電池に14回半~15回半巻きつけて作ることにしました。
(2) コイルの端を回転軸としてまっすぐ伸ばす(同:ラジオペンチと審美眼、難易度☆☆☆)
ここではラジオペンチが不可欠です。軸の端をラジオペンチで縦に挟んできゅっと引っ張るようにすると軸がまっすぐになり、コイルの弛みも取れます。あとは上下左右どこから眺めても軸が中心に来るように整えれば完璧です。
(3) 軸の端のコーティングを削る(同:紙やすりと根気、難易度☆、危険度☆☆☆)
軸のクリップに接する部分のコーティングを紙やすりで広めに削ります。銅線の光沢が見えるまでひたすら削り続けます。削り方はクリップモーターが回る仕組みに直結していて、軸の片方では全面をぐるっと一周、もう片方では半面だけを削るのが重要なポイントです。うっかり両方で全面を削ると回らなくなってしまうので、手順の中で最も危険な箇所でもあります。
・・・というように、試行錯誤を経て手順の前半はかなり洗練できました。クリップモーターに必要な材料もそろい、実験キットの準備も着々と進んでいきます。
しかしここで最大の難所が立ちはだかります・・・
(4) クリップを曲げて固定し、コイルを支える(難易度☆☆☆☆☆→?)
2個のクリップを同じ形に曲げられないと、回転軸が傾いてうまく回らなくなります。また、滑らかに曲げられずに折れ曲がってしまうと、軸が引っ掛かってやはり回らなくなります。この難所は険しく、曲げ方を色々と考えたものの良い方法がなかなか見つかりません。これではモーターが回らない人が続出するのでは・・・どうしたものか・・・・と悩むこと数日。ふと、いや、クリップを曲げるから難しいのであって、曲げないで使えばよいのではと思いつきました。クリップをそのまま電池の両側に貼り付けてコイルの軸を引っ掛ければ簡単ではと。
試してみるとこれが大成功で、コイルの軸をクリップのカーブに引っ掛ければ滑らかに回ります。とくにネオジム磁石を使うと飛ぶように回りました。お手軽クリップモーターの誕生の瞬間です(動画)。
お手軽なだけあって、回すときに手で持っていないといけない、クリップやコイルが熱くなりやすいので電池部分を持って休ませつつ遊ぶなど、モーターとしては詰めが甘いところもありますがそこは目をつぶっていただきたく。手で持つことで、磁石に対してコイルの位置を様々に変えられるので、磁石に近づけたり遠ざけたり、コイルが一番よく回る位置を探したりする面白さがあるのは新たな発見でした。
そしていよいよ迎えたオープンキャンパス当日、お手軽クリップモーターは、来場した中高校生や親御さんに楽しんでもらえ、さらにはクリップを曲げて作る上級編を完成させた人もいました。一緒に用意した電気ブランコの実験や、磁石や実験装置の体験コーナー、シミュレーションの体験コーナーも、学生の頑張りもあって色々と見て回ってもらうことができました。盛りだくさんに詰め込みすぎたくらいで改善の余地はありましたが、三度目の正直で実験教室らしく遊んでもらうことができたのではと思います。当日はあっという間に時間が過ぎて写真は撮りそびれてしまったので、研究室メンバーの写真は近影にて。