工学系女性が普通になる社会へ変えていきたい 特別インタビュー:奈良女子大学 副学長 奈良女子大学 副学長 工学部 工学科 久保 博子(くぼ ひろこ)教授

2023年8月31日掲載

※本記事は、2023年6月に取材しました。文章中の敬称は省略させていただきました。

奈良女子大学は2022年、女子大学として日本ではじめて工学部を設立しました。新学部が目指す新しい工学教育や、日本の工学分野における女性支援の在り方や将来ビジョン、女子学生へのメッセージなどを、副学長の久保博子教授へ伺いました。

しっかりと女性の工学人材を
学部から育てたい

Q 女子大学として日本初の「工学部」を設立された背景について教えてください。

久保:元々、奈良女子大学(以下:奈良女)の生活環境学部は、住居や衣服を扱う家政学部という理系の学部で、多くの工学的な素養がある学生や教員を輩出してきたという歴史があります。また、女性人材の輩出を進めるため、2014年にお茶の水女子大学と共に「生活工学共同専攻(※1)」という共同専攻もつくりました。生活者の視点による工学の推進をテーマにした、工学の学位が取得できる全国の女子大初の試みで、現在も続いております。生活工学共同専攻は各大学・定員7名という小さな組織なのですが、企業からのニーズはとても高く、多くの出身者が社会で活躍しています。しかしご存じのように長年、日本のジェンダーギャップ指数(※2)は大変低く、さらなる取り組みが社会全体で求められています。そこで、学部からしっかりと女性の工学人材を育てた方が良いのでは、という話となり、工学部設立の機運が高まりました。

(※1)大学における教育課程の共同実施制度に基づいて運営される専攻。
(※2)ジェンダーギャップ指数とは、各国における男女格差を数値化したもので、世界経済フォーラム(WEF)が毎年公開している。2023年の日本のジェンダーギャップ指数は146カ国中125位。

Q 工学部を設立されるにあたり、注力したことを教えてください。

久保:工学部設立にあたり、他の大学との違いをいろいろと考えて決めたのが、「課題解決能力」や「主体性」を養う学部にするということです。「技術」を身につけることは確かに大切ですが、実際に様々な企業の声を聞くと、学生に求める能力で一番多いのが、「課題解決能力」や「主体性」だったからです。「技術」はその下にありました。現実に企業へ入社しても、学生時代と同じ研究を30年以上やっていく人はほとんどいません。ですから、何か課題に直面した際に自主的に解決できる力がとても重要なのです。奈良女の工学部はその能力を養うことに注力しようという方針になりました。

専門を決めずに、
自由に分野や学年を
横断できるカリキュラム

Q 具体的な工学部の特色についてご紹介ください。

久保:日本の伝統的な工学部は学科別カリキュラムで、機械、電気、情報など専門も入学した段階で決まっています。それに対して、奈良女の工学部は専門を決めずに、自由に分野や学年を横断できるカリキュラムにしています。それは先ほど申し上げた「技術」だけでなく「主体性」や「課題解決能力」を持った人材を育てたいという思いがあるからです。具体的には、STEAM教育に力を入れています。Sが科学、Tが技術、Eが工学、Aがアート、Mが数学で、これらを重視しており、基礎的なSTEMだけでなくA(アート)も入れて、リベラルアーツ(※3)を考えながら教育していくプログラムです。また、PBL(Project Based Learning)という課題解決型学習も力を入れており、理系だけでなく、文系の先生も含めて、複数にまたがる分野の教員が合同で指導を担当します。例えば、「自己プロデュース」や「批判的思考」といった演習も存在します。従来の工学部には、なかなかない授業だと思います。

(※3)リベラルアーツとは、一般教養科目のこと。幅広い学問領域を横断的に学び、多角的な視点とアプローチ手法を身につけることを目的とする。

Q 学生はどのように将来へ向かって進んでいきますか。

久保:PBLは学部4年を通して「エンジニアリング演習」と「価値創造体験演習」という二つの幹があり、価値創造体験演習では、学生が手を動かしてモノをつくることを入学当初から実施しています。もちろん、通常の工学部で習う物理化学や電磁気学、機械力学などといった授業も基幹科目としてあります。基幹科目を身につけたら、人間情報分野と環境デザイン分野というどちらかの専門科目へ進んでいくという流れです。そして大きな特長として、こうした流れは一応あるのですが、先ほども申し上げたように、自由に分野や学年を横断し、科目選択することで、自分だけのキャリアをつくることができるということです。もちろん、自由なだけに悩む学生もいると思うので、2名の正副担当教員がサポートするようにしています。まだ始まったばかりですが、こうした取り組みは、日本では他にないと言っても良いと思います。

工学系女性に対する
バイアスをなくして、
ロールモデルを輩出する

Q 日本の理系・工学系女子学生を増やすには、どのような課題があると考えられますか。また、どのように取り組めば効果的と思われますか。

久保:まず、女性が当たり前に、工学部にはいないという現状があります。いないから行かない。行かないからいない、という悪い循環になっています。ですから、理系・工学系に女性が進むのが、ごくごく普通になれば良いということが一番に言いたいです。
私自身は奈良女の出身ですが、工学部ができる前から理学部はあり、数学や物理が得意な女性が多くいました。そのため、女性は理系が苦手とは全然思いませんでした。小・中学生の女子も理科が嫌いだとは思いません。それが、いつ頃からか「工学は男がやるものだ」というバイアスがかかると感じています。実際に学生の皆さんも「女性が工学部に行ってどうするの?」と言われることもあるそうです。
ですから、こうしたバイアスをなくすことが非常に重要だと考えます。そのためには、目標となるようなロールモデル的女性が多くいることが大切です。「あの先輩のようになりたい、あんな仕事をしたい」と思えるような方がたくさん出てほしいです。実際に奈良女出身の多くの女性は、社会に出て活躍しています。こうした方々をロールモデルとして伝えていきたい。せっかく工学部を出たのに理系ではない会社へ就職をされる女性も多いという話を聞くのですが、「いや、できるやん!」ということが伝わればいいのだと思います。

Q 女性が活躍するための施策や産学連携に関して、お考えがあればお聞かせください。

久保:育休の問題は大きいと考えています。個人的な考えですが、施策と言うならば、子どもができたら、絶対に男性も育休を取るように決めてくれたらいいのにと思っています。休職して復帰して働くシステムを、女性も男性も普通に利用できるようになってほしい。今は残念ながら男性で育休をとれる人は少ないです。コロナ禍でリモートワークが普及したように、女性・男性関係なく全員が休んだら、おそらく当たり前になると思うのです。
産学連携ということでは、奈良女では企業の方にご協力いただいて、工場や企業見学に行かせてもらって、多くの学生が喜んでおります。また講師として授業にも関わっていただいております。女性・男性関係なく、実社会を見せていけば、学生さんたちも興味を持つと思います。

生活者の視点で、
健康で快適に過ごせるための
環境をつくる研究

Q 久保先生のご専門の研究分野・テーマについて、ご紹介をお願いいたします。

久保:人間工学と建築環境工学を専門としています。わかりやすく言いますと、生活に密着した視点で、健康で快適に過ごせるための環境をどうすれば整えられるか、といったことを研究しています。具体的に言うと、特に気温、つまり「暑さ、寒さ」を長年取り組んできました。例えば、冷房をつけた場合、それが人体には本当はどんな影響があるのか?体温はどんなふうに変動しているのか?「暑さ、寒さ」は男女差や年齢差が関係あるのか?といったことを研究しています。現在のテーマは「温熱環境」「睡眠環境」「高齢者環境」が中心で、学問分野では、建築学会、空気調和・衛生工学会、人間工学会、睡眠学会、家政学会などに所属しており、工学系、医学系、生活系にまたがっています。

Q 学生時代はどんな研究をされていましたか?その中で思い出に残っているエピソードをお教えください。

久保:今の研究と同じで、建築環境工学です。卒論は、人工気候室(※4)を利用して「夏に冷房をつけるのと、扇風機を多く回したのとでは涼しさは同じか?」というテーマでした。
研究室全体では、沖縄周辺の住居の実測調査をして、どのようにその暑さを緩和しているか、という研究をしていました。夏休みに測定器を山ほど持って石垣島や西表島へ行ったのはいい思い出です。また、朝鮮半島は床暖房がすごく普及しているので、韓国の留学生と一緒に床暖房の温度の調査に行ったりもしていました。すごく楽しかったですね。

(※4)人工気候室とは、温度、湿度、風など、自然の気象条件を実験室内で再現できる装置

Q ご自身の研究テーマの中で、電気の大切さをPRできる要素があれば、お教えください。

久保:私は、冷暖房に関係する暑さ寒さの研究をしておりますので、省エネ・省電力の観点も大変重要です。そのため、電力消費量を計算するために、電力計を見て実測するという研究を行ったこともあります。電気がなければ現代社会は成り立たないので非常に大切だと考えています。

工学が面白そうだと思ったら、
迷わずチャレンジを!

Q 女性活躍推進に向けて、日本の大学や企業に向けたメッセージをお願いします。

久保:企業や社会において女性が活躍できるような環境づくりは、日本の未来のために絶対必要なので、ぜひやっていただきたいと思います。これからは、性別に加えて、国籍や年齢なども多様なダイバーシティ社会をつくることが求められています。そのためには、各人の個性が尊重されて活躍できる社会にする必要があります。現状維持のままの方が楽であることも多いとは思いますが、そこは乗り越えて、女性を含め誰もがしっかりと能力を発揮できる環境をつくってほしいと考えています。
私たち国民の中にも、女性は子育てや家事をやるものと思っている人が多いのではないでしょうか。もちろん、そうした女性への配慮も必要ですが、それだけではいけないと思います。個人的には、女性も男性も、仕事と家事・子育てを両立できる社会にする必要があると考えています。

Q 女子学生へ向けた支援のメッセージがあればお願いいたします。

久保:面白そうだと思うことは、ぜひ、誰に何と言われようと、チャレンジしてみてください。興味を持ったことや、好きなことには努力できるけど、嫌々やらされていることは努力できませんね。ですから、工学が面白そうだと思ったら、やってみればいいと思うのです。それには、自分の頭で考えて、しっかりと自分の手足を使っていけば、きっと道が切り拓けると思います。諦めないでぜひチャレンジしてください。

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