vol.18 富山大学 大路 貴久 准教授
2014年1月31日掲載
大路 貴久
富山大学 大学院理工学研究部(工学) 環境・エネルギー学域 エネルギー学系 准教授
- 2000年 3月
- 金沢大学大学院自然科学研究科博士後期課程システム科学専攻 修了
- 2000年 4月
- 金沢大学工学部附属電磁場制御実験施設 研究機関研究員
- 2001年 7月
- 富山大学工学部 講師
- 2006年 1月
- 富山大学工学部 助教授
- 2007年 4月
- 富山大学大学院理工学研究部 准教授
2012年10月から2013年3月まで KMUTT Visiting Professor
2013年4月から2013年9月まで Griffith Univ. Visiting Professor
主に非接触電磁システムの研究開発に従事(磁気浮上搬送、非接触電力伝送など)
チャンスがやってきた
私の所属する富山大学工学部では、2011年11月に教員の長期研修制度が制定されました。
この制度は准教授以下の教員なら最大1年の研修が可能というものです。私はこれまでにあった留学のチャンスをことごとく逃し、仕事も忙しくなり半ば諦めていたのですが、今回こそラストチャンスだろうと真っ先に手を挙げました。
とはいえ私もすでにOver 40。。。若い頃の留学への思いとは少し違います。研究一本槍ではきっとよろしくないだろう。研究分野を広げるための調査や人脈づくり、現地の教育方法を学ぶこと、家族に心配をかけないように生活面の安定、安全に重きを置くこと・・・、いろんなバランスを考えた上で、タイ、バンコクにあるキングモンクット工科大学(KMUTT)とオーストラリア、クインズランド州(QLD)にあるグリフィス大学(Griffith Univ.)にお世話になることを決めました。
KMUTT研修中の出来事
KMUTTはバンコク中心部から15kmほど離れたトゥンクル(Thung Khru)区にあります(写真1)。受入側のチョムスワン(K. Chomsuwan)先生とは国際会議で数回お話したことがあり、今回の研修に関しても快くOKしていただきました。研修先では、主にRFIDコイルの電磁界測定と解析、モータやトランスの電磁界過渡解析を行いました。また、研修先での研究以外にも時間が作れたときのために、日本から磁気浮上装置一式を持ち込みました。
ようやく生活にも慣れた12月のある日、磁気浮上装置のアンプ部を作り直すため、スブルとバスを乗り継いで片道1時間半、バンコク中心部のバンモー地区までパーツを買いに行きました。ここは日本の秋葉原のようなところで、予め型番メモを準備しておけば殆どのものが揃います。写真2は道ばたでのモータ修理の様子です。私も大学では実験等で分解したモータ固定子を学生に見せたりしますが、さすがに半田ごてで修理された固定子がゴロゴロ転がっている光景は衝撃でした。
大学では何度か講義に参加する機会を得ました。一つは学生実験です。研修先の学部には、工学系教員を目指す学生が多く、また、タイでは産業の中心的基盤として工学技術を持った人材の輩出が急務となっているそうです。したがって、実験装置を組み上げて測定器を接続し結果を考察する(研究者養成)というよりはむしろ、実験装置の仕組みを知って確実に使いこなすこと(技術者養成)に力点が置かれているようでした。
もう一つは、ペンシルバニア州立大学(Penn State Univ.)から短期研修で来ておられたコール(R. Koul)先生による博士課程の講義です。先生は工学教育、教育プログラム分析がご専門で、この日の講義内容は学術論文の構成要素と卓越した抄録の書き方についてでした。講義には博士課程の学生だけでなく教員も参加しており、折角の機会を逃すまいと必死に勉強しているのが大変印象的でした。R. Koul先生の講義は双方向性が高くタイ語を交えながら授業にひきこむ話法は、大変魅力的で今後に活かしたいと感じました(写真3)。
KMUTTの人々は基本的にシャイだけど真面目で人懐っこいです。私が行った頃はちょうど乾季で、先生と学生達で青空学習が頻繁に行われていました(授業はもちろん教室でします)。廊下の壁の至る所にホワイトボードがあり、学生が書いたのでしょうか、丸っこいタイ文字と懐かしい微積分の式が書いてあったりします。先生方は仕事の合間を見ては廊下へ出て行き、学生との会話を楽しみながら補習しています。もちろん礼節もしっかりしており、私が大学に行くと学生は皆、高い位置で合掌してくれました。研修の後半には私の部屋に来て話をしてくれる学生もいました。写真4は修士の学生達と発表後の記念撮影です。
(そのほか、タイフーズに舌鼓、水あたりで病院へ、冷房で毛布生活、住処がいきなり停電、電線のごちゃごちゃぶり、水道管破裂も2日間放置、モンクの儀式に参加、タイ風ヘアカット、気がつけば間食、何度も年越しカウントダウン、サンバーンで病院へ、・・・本当にいろいろありました。)
Griffith Univ. 研修中の出来事
3月末に一旦帰国し、4月半ばからQLDのGriffith Univ. に出発です。Griffith Univ. はブリスベンとゴールドコーストに校舎があり、私はゴールドコースト(GC)校で研修を再開しました(写真5)。受入側のルー(J. Lu)先生とは、私が学生の頃に一度面識があり、その後学会で数回お会いしただけでしたが、私のことを覚えていて下さり快くOKしていただきました。GC空港に到着し、出迎えてくれたのは博士課程学生のチー(Y. Qi)さん。「早速、家を探しましょう!」「ん?これから?大丈夫かいな・・・」と、かなり不安でした。でもそこはさすが現地学生、スーパーの掲示板に貼ってある情報を見つけては次々と電話をかけまくります。結局、2日目に見つけた物件が私の住処(ホームステイ)となり、大学から約3kmの道のりを自転車で通うことになりました。
研修先では、高周波トランスモジュール、EV用非接触給電のEMC設計、系統故障時の自然エネルギー制御等の研究を行っており、私もミーティングに参加し勉強させてもらいました。タイから送っておいた磁気浮上装置一式も何とか大学に到着しました(写真6)。
Griffith Univ. で印象に残ったのは、博士課程の厳しさです。学生は1年ごとに進捗状況報告会(Confirmation)を受けなければなりません。私も3回聴講しましたが、おそらく日本の博士課程おける公聴会レベルに相当すると思います。このConfirmationをクリアするために、学生は数十ページに亘る論文とプレゼン資料を準備しなければなりません。
また、1年生であっても学術論文や国際会議発表等の実績が数件必要のようで、これらを準備出来なければ「退学」となります。博士課程の学生は大学から奨学金を受けていたり、ティーチングアシスタントやリサーチアシスタントとして給料をもらったりしており、研究者としての将来を絶たれてしまっては困ると必死になって研究していました。
8月のとある日曜日、Griffith Univ. のOpen dayがありました。前日の土曜日から教職員総出で準備をしており、私は実験室でパソコンに向かっていました。すると夕方突然、同学部のソー(S. So)先生から一通のメールが届きます。「うちの磁気浮上の装置が故障して動かない。確か先生は日本からでかいのを持って来てたよね?それを出展してくれない?」とのこと。Open dayの見学を楽しみにしていたところに、突然スタッフ側になってくれというラッキーなお誘い。もちろんOKの返事をしました(写真7)。Open dayはGriffith Univ. を広く知ってもらうための重要なイベントで、半年前からCMで宣伝を続けていたそうです。
多くの家族連れ(特に進学を控えた高校生)が訪れ、教室の様子や実験装置を見学したり、カリキュラムや卒業後の就職先を尋ねたりしていました。S. So先生や他のスタッフから本当に助かったと感謝されましたが、こちらこそ有り難い気持ちでいっぱいでした。
(そのほか、ステイ先が料理出来ない?!、親戚の方々との出会い(親戚がなんと70人!)、新しいハウスメイト(中国人のリー(H. Li)先生)、水曜の昼はテニス、気がつけばBBQ、国際会議出席(カナダ、タイ)、空港で尋問1時間、Father's dayで号泣、帰国後に最終の予防注射、・・・こちらもいろいろありました。)
研修中の日本とのやりとり
日本からの仕事や学生の研究指導のために、整えた環境と実施頻度をまとめました。海外研修に来てまで、日本と同じスタイルで仕事をしたのでは、何のための研修かわからなくなるので、日本との仕事上のやりとりはなるべく減らすよう心がけていました。
- メールは日本と同様に対応。現地で対応が困難なものは、富山での教員のサポートにより何とか対応した
- フリーのファイル共有スペースを利用した(アップロード通知機能あり。卒論、修論の添削に効果絶大)
- Skypeによるゼミや会議を実施(研究室学生とのゼミ(月1回)、電気学会の委員会(2月に1回)など)
研修を終えて
私はOver40で海外研修を行う機会を得ましたが、何となくこの歳になって行くことが必然であったかのように感じています。もし、このコラムの読者が若い方であれば、もちろん「留学は若いうちに行きなさい。」と言うでしょう。一方、同年代や年上の方であっても、「今からでも遅くないです。条件が揃えば躊躇せず行きましょう。」と言うと思います。海外留学はきっと短期でも長期でもよく、年齢も語学力もそれほど関係ないです。大事なのは、留学前、留学中のモチベーションの維持と、留学をトリガーにして経験を留学後に活かすことだと思います。ちなみに研修後の私は、2カ国で生活して物事の基準が多様化したからか(あるいは歳のせいからか?)、以前よりは泰然自若かつ寛容になりました。笑顔も少し増えたかもしれません。みなさんも留学のチャンスに巡り会えたら、是非とも希望を持って新しい一歩を踏み出して頂きたいと思います。
さいごに
研究者コラムの執筆依頼があったのが2013年10月。「はいはい、いいですよ」と二つ返事で引き受けましたが、過去の皆様のコラムを拝見すると、「『留学』、『タイ』、『磁気浮上』、・・・これは困った。何を書いても内容が重なる・・・。」と正直焦りました。結局、タイムリーなこの時期にしか書けない海外研修(留学)を取り上げ、少しばかり書かせていただいた次第です。
研修を実施するにあたり、大変多くの皆様のご協力を頂きました。この場をお借りして心より感謝いたします。