粒子線治療装置の開発

2014年2月28日掲載

1.開発者

山田 由希子

三菱電機株式会社 電力・産業システム事業本部 電力システム製作所 磁気応用先端システム部

2005年 3月
東京理科大学 理学部 物理学科卒業
2007年 3月
九州大学 理学府 基礎粒子系科学専攻 粒子物理学講座 修士課程修了
2010年 3月
九州大学 理学府 基礎粒子系科学専攻 粒子物理学講座 博士課程修了
2010年 4月
三菱電機株式会社 入社 磁気応用先端システム部 配属(粒子線治療装置の開発・設計業務)

2.はじめに

粒子線治療のイメージ図

粒子線治療装置とは、加速した陽子や炭素などの粒子線をがん標的に照射すると、がん標的のDNAが切断されることを利用して、「患者さんを切らずに治療する」装置です。
粒子線治療装置では、患者さんの体の外から粒子線を照射しますが、粒子線は体内に進入すると、体内の電子との相互作用により速度を失い最終的には停止します。これは土の上にボールを転がすと、摩擦や空気抵抗により速度を失い停止する様子を想像していただければ分かりやすいと思います。このため、粒子線治療では、粒子線ががん標的まで到達できるように粒子線を加速する必要があります。それには、光の速度の70%にも相当する速度が必要です。

加速された粒子線は患者さんに照射されますが、がん標的は患者さんによって様々な形をしていますので、粒子線をがん標的の形に合わせて照射することには難しさがあります。私たち三菱電機のチームは、粒子線の照射領域を層状に重ね合わせることで、がん標的と粒子線の照射領域をより一致させた「積層原体照射」が行える粒子線治療装置の開発に成功しました。

これから積層原体照射法と私が主に携わったその「治療計画装置」の開発について、お話させていただきたいと思います。

3.粒子線治療装置とは

以下は私たちが九州国際重粒子線がん治療センターに納入した粒子線治療施設の全体図と、粒子線を加速するシンクロトロンの写真です。図中のイオン源で発生させた粒子を線形加速器で光速の約9%まで加速し、さらにシンクロトロンで光速の約70%まで加速して、粒子に治療に必要な運動エネルギーを持たせて治療室へ送り、患者さんへ照射します。

上:粒子線治療を行なう施設全体図、下:シンクロトロン(直径20m)、
(SAGA Heavy Ion Medical Accelerator in Tosu:サガハイマット)

九州国際重粒子線がん治療センターの許可を得てHPより転記、及び撮影しています。

粒子線の加速には、ボールが坂を転がると徐々に速度が速くなるように、粒子線が電圧の勾配がある中を動くと速度が速くなることを利用します。粒子線を治療に必要な速度まで加速する場合、一気に加速させようとすると数100メガボルトの電圧が必要になりますが、このような超高電圧を発生させることは困難です。そこでシンクロトロンではリング状の真空トンネル内で粒子線を周回させ、リングに設置された高周波電圧印加装置で数100ボルトの電圧を数100万回繰り返し印加して、光速の約70%まで徐々に加速します。

なお、何も力を与えないと粒子線は直進しますので、粒子線の軌道がシンクロトロンのリングに沿った円を描くように、リングに沿って設置した電磁石の発生する磁場で粒子線の軌道を制御します。粒子線の速度が大きくなるにつれ、粒子線の軌道を曲げるためにより大きな磁場が必要になりますので、粒子線の速度と磁場強度を「シンクロ」させることが必要です。これがシンクロトロンの名前の由来です。

これは社内のデモルームに設置した粒子線の治療室のモデルです。私が指をさしているところから加速した粒子線が出てきて、私の前にあるベッドに寝ている患者さんに照射します。
シンクロトロンのように、治療室の裏には様々な装置があります。治療室からは想像できませんよね。

4.「積層原体照射法」とその「治療計画装置」の開発

(ア)「積層原体照射法」の開発

治療室で粒子線をがん標的に照射する方法として、主に次の3つの方法があります。

  • ブロード照射:粒子線の照射領域をがん標的の形に広げて照射。
  • 積層原体照射:粒子線の照射領域を薄い層状にする。この照射を繰り返し、層を重ねてがん標的を塗りつぶす。
  • スキャニング照射:粒子線の照射領域を点状にする。これを走査して、がん標的を塗りつぶす。

ブロード照射

積層原体照射

スキャニング照射

「ブロード照射」には、照射中に患者さんの動き等の影響を受けにくいという長所があります。「スキャニング照射」は、がん標的に沿って照射できるという長所があります。「積層原体照射」は、この二つの照射法の長所を少しずつ併せもった照射法です。治療部位に適した照射方法がありますので、それぞれの長所を活かした最適な治療が出来るよう開発を行っています。
そのなかで積層原体照射では、層状の照射領域を重ねてがん標的に均一に粒子線を照射することに困難さがありましたが、照射領域の重ね方を計画する「治療計画装置」の開発などの試行錯誤の末にこの照射の開発に成功しました。私は主に治療計画装置の開発に携わりました。

(イ)「治療計画装置」の開発

治療計画装置は、医師の方が患者さんのCT画像にて指定したがん標的に粒子線を照射できるような照射方法を計画し、照射した結果に患者さんの中で粒子線がどのような分布になるかをシミュレーションして表示する装置です。積層原体照射では、照射方法の計画の際、層状の照射領域の重ね方が患者さんひとりひとり最適になるように計画することがポイントです。

積層原体照射の治療計画装置のイメージ図

私たちは、放射線医学総合研究所で開発された層状の照射領域の重ね方の最適化アルゴリズム1や、先に開発したブロード照射で実績のあるアルゴリズム等を組み合わせて、積層原体照射の治療計画装置を製品化しました。

1. N. Kanematsu et al., Med. Phys. 29, 2823 (2002).

患者さんへの粒子線の照射は、治療計画装置で計算した計画に基づいて行われますので、治療計画装置には非常に高い正確性が求められます。そこで、計算の正しさを検証するため、何度も議論や測定との比較を重ねました。

粒子線治療装置は様々な装置で構成されており、治療計画装置はそれらを通過した粒子線の振る舞いを計算しますので、検証には治療計画装置の開発チームだけでなく、共同研究者の先生方や粒子線治療装置の他の部分の開発チームなど、他分野の専門家の意見も取り入れることがとても重要でした。例えば粒子線の加速や照射の制御は電気工学の専門ですが、粒子線と装置や体内の物質との相互作用の計算には物理学が、計算と測定のずれの患者さんへの影響を評価するには医学の視点が必要です。

このような数か月にわたる測定や議論の結果、最終的に計算の正確性が確認できました。完成した積層原体照射の装置の照射の様子をお見せします。

積層原体照射の様子のイメージ

これは、患者さんの代わりに、粒子線を照射すると蛍光を発する板を設置して、積層原体照射を行なっている様子を撮影したものです。図中の赤い点線は、想定した球形の標的の形状を表しています。粒子線は、図の上部から照射しています。左から右に向かって時間が進んでいます。
最も光っているところが、粒子線が標的に最も影響を与えているところです。この部分を重ねるように、写真の左から右に向かって治療時間の経過と共に、がん標的の形状に合わせて確実に照射を行なえていることがわかると思います。

現在、この積層原体照射の装置は、実際に治療で用いられています。

5.おわりに

このように粒子線治療装置は様々な分野の最先端の技術を集結しており、技術の面でも興味深く、医療の面で社会貢献できることから、開発に大変やりがいを感じています。
また、粒子線は目に見えない小さな粒子ですが、患者さんに照射する粒子線の電気信号を解析することで、「どこを通過してきたか?」「過去にどんな反応を起こしたか?」といった様々な「情報」が得られます。それらの情報を最大限に活用して、治療計画や照射確認が、よりわかりやすく正確にできるように装置を開発したいです。そして、患者さんの生活の質の維持・向上に貢献したいと考えています。

粒子線治療装置は粒子線の加速や照射の制御において、電気工学が重要な役割を果たしています。また、その開発の過程では、電気工学と物理学や医学などの他の分野との関わりの重要性も実感しました。
その他の分野でも同様に電気工学が根幹を担っているものは多いと思います。電気工学を専攻している学生の方や、これから専攻しようという方は、専門性や多分野とのつながりを深め、社会やご自身の未来に活かしてください。


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