磁性材料物理に根差した電気工学の実践

2015年1月30日掲載

磯上 慎二

福島工業高等専門学校 一般教科物理科 准教授

2001年
東北大学工学部 電子・応物・情報系 応用物理学科 卒業
2003年
東北大学大学院 工学研究科 応用物理学専攻 博士課程前期2年の課程 修了
2007年
東北大学大学院 工学研究科 電子工学専攻 博士課程後期3年の課程 修了
2007年
東北大学大学院 工学研究科 電子工学専攻 産学官連携ポスドク研究員
2010年
独立行政法人 国立高専機構 福島工業高等専門学校 一般教科物理科 准教授

主に磁性薄膜材料開発とそれによる新奇エレクトロニクスデバイスの創成に従事

はじめに

本コラムの読者は将来電気業界を目指す学生さんや、電気工学研究開発の最先端で活躍されている方が主であろうと思います。本来はそのような方の参考となるような、華々しい研究事例をご紹介したいところでしたが、私の専門性の関係で必ずしもそうはならないことを予めご容赦頂きたいと思います。

専門の概要を一言で表すなら、人工超格子と言って新しい磁気特性をもつ磁性材料薄膜を原子スケールの制御技術を通して人工的に創成し、新しい機能をもつエレクトロニクスデバイスの具現化につなげる研究となります。固体物理等の基本学理が関連していることから判るように、人工超格子材料の創成は非常に奥深く、研究課題は多岐にわたります。しかしそれだけにとどまらず、電気工学の分野で活躍できるデバイスの提案・試作・実証実験まで実践する点が特徴的です。従って本コラムでは「磁性材料物理に根差した電気工学の実践」と題しまして、高専の物理教員に着任した私がどのような方法で電気分野に貢献しようと奮闘しているか、そのやり方、をご紹介できたらと思います。

【超高真空スパッタリング成膜装置を用いた薄膜形成】

 写真1 超高真空スパッタリング装置による人工超格子作製の様子(元所属研究室を訪問&装置利用中)

人工超格子薄膜は写真1のような高性能のスパッタリング装置を用いて、例えばSi単結晶基板上に形成されます。スパッタリング手法は薄膜形成速度が他の成膜手法に比べて一般に速いため、量産の現場では多用されています。一つ一つの成膜チャンバーは超高真空領域(10-8~10-9 Torr)まで排気され、人工超格子中にトラップされる不純物粒子を極力排除できる仕組みとなっています。当然、不純物濃度が増えると磁気特性が劣化してしまいます。というのも、標準的な私の人工超格子の膜厚は約20~30nm(インフルエンザウイルスの約4分の1)ですから、いくら不純物のサイズが小さかったとしても無視できず悪影響度が顕在化するわけです。この他に、スパッタリング装置そのものを温度、湿度が管理されたクリーンルームに設置したり、実験者から埃が飛散しないようなクリーンウェアを着用したり、という環境で高品質の人工超格子形成を行います。

スパッタリング装置にも大型のものから簡易型のものまで様々なグレードがあり、人工超格子の積層構造によって使い分けをしています。高品質な多層膜が必要なときは写真1のような高性能装置を使用しますが、これは私が所属していた大学の研究室を訪問して実験しているときの様子です。大学と福島高専間には学術交流に関する協定書が存在し、研究設備の相互利用を通じた相互協力が認可されており、これを積極的に利用しているわけです。一方で3層膜程度であれば高専内で作製を行っています。

【ナノスケールの評価用デバイス作製と電気特性評価】

スパッタリング装置で人工超格子薄膜を作製した後は、いよいよデバイスとしての特性を確かめるために素子化を行います。研究対象デバイスの一例として強磁性トンネル接合(TMR)素子という、現行のハードディスクドライブの再生ヘッドに搭載されているナノメートルスケールの素子でご説明します。実験室で動作を確認するにはTMR評価用素子が必要で、先に作製された人工超格子の多層膜を面内サイズで100 nmスケール以下まで微細加工しなければなりません。一般には半導体プロセスでは既に標準化されているような、電子線リソグラフィー、イオンミリング手法を駆使して行います。写真2(左)は、光学顕微鏡をとおして上から撮影した評価用デバイスですが、素子部は100nm程度ですのでギリギリ見えるか見えないか程度の大きさです。

次はデバイスの電気特性を測定します。写真2(右)は手作りの直流4端子測定器で外部磁場を掃引しながら抵抗測定を自動で行わせます。TMR素子は基本的には2枚の強磁性層とそれらにサンドイッチされるトンネル障壁層から成り、強磁性層の磁化配列(平行か反平行か)による電気抵抗の大小で情報を読み取る機能を有しています。S/N向上などの観点では抵抗変化率は大きいことが求められ、それは材料、その他、多層膜界面の原子スケールの平坦性などに依存します。ですからそれら一つ一つが研究課題となり、私たちは解決に向けて取り組んでいます。

写真2 ナノスケール微細加工プロセス途中の評価用強磁性トンネル接合(TMR)デバイス写真(左)と電気特性評価装置(右)

【研究室の教育システム】

高専内の共同研究に関連し、電気工学科の学生さんの研究指導にあたっています。上記研究で得られた成果によって、どんな新しいエレクトロニクスデバイスが創出できるかを第一に考慮し、回路設計、プロトタイプ試作、動作実証を主眼としています。過去に学生から提案されたデバイスの実証データは価値が認められ、実際に論文投稿や特許出願をすることができました。これは、本コラムのタイトルとして掲げたように、上記の磁性材料研究の芽が電気分野で開花した理想事例と捉えていて、今後も継続していきたい研究スタイルのひとつです。

写真3 卒研生との研究ディスカッションの様子

ここで話題はそれますが、研究室の教育システムをご紹介します。主に2つあり、それは2週間に1回程度の研究ディスカッション(写真3)とブリーフィングです。

研究ディスカッションは各研究テーマの実験データを互いに発表し合い、データの物理的解釈と今後の作戦を練るために行うものです。学生は必修とされており、データが主張している大事な本質を見抜く上では欠かせません。さらに口頭説明の論旨とパワーポイント図面の見せ方を中心としてアドバイスも行いますので、発表訓練の場としても重要視しています。

ブリーフィングとは実験を行う前に一度全員が集合し、実験の目的やこれまでのデータ内容を軽く5分間程度で再確認するものです。大学と異なり、高専では研究時間も時間割制となっている点を上手く利用したシステムです。
このようなシステムに慣れるまでは大変なようですが、1年もすると見違えるほど研究力が養われます。ただ、せっかく実力がついたと互いに実感した頃には、学生達は卒業を迎えて研究室を巣立って行ってしまいます。ですから毎年3月は寂しい思いしかないです。しかし国内外を問わず自信を持って活躍してほしいと強く願っています。

【科目講義を通じての教育方針】

写真4 応用物理Ⅱの講義風景(学生は問題演習に奮闘中)

担当しているいくつかの物理科目の中でも、4年生を対象とする応用物理Ⅱの講義スタイルをご紹介します。例えば電磁気学は当然、必修専門科目ですが、応用物理Ⅱの科目としても履修する必要があります。本科目では、定義式の導出や概念のイメージ化を目標としています。従って講義時間の後半は演習時間にあて、多少複雑な数式の導出でもできるだけ自分の手と頭をフル稼働して挑戦できるような工夫をしています。実験が上手、創作意欲が旺盛、よって現場の即戦力として期待される高専生ですが、私の講義では実験結果の本質を見抜くために必要な物理知識と論理的考察力も併せもつ学生の養成に心がけています。こちらも慣れるまでは大変なようですが、数カ月もすると学生の皆さんはこんな具合です(写真4)。

【さいごに】

稚拙な文章であったにもかかわらず最後まで読んで頂きありがとうございます。実践事例をとおして、磁性材料物理から電気工学貢献の私なりの方法をご紹介してきましたが、これからも改善を加えながら、電気分野に貢献できるデバイスと、人材の輩出を継続していきたいと考えています。


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