vol.25 株式会社デンソー
2014年5月30日掲載
(株)デンソーは、愛知県刈谷市を本拠とする世界有数の自動車部品メーカーです。グループ会社のトヨタ自動車をはじめとして、世界の30以上の国と地域で事業を展開しています。今回、インタビューにご登場いただいた竹内初美さんは、自動車の心臓部といってよい、ガソリンエンジンの制御システムに携わるエンジニアです。高専で電気工学を学ばれた後、京都大学を受験。物理工学科へ入学して、院では航空宇宙工学を専攻したというユニークな経歴をお持ちです。
プロフィール
- 2002年3月
- 新居浜工業高等専門学校電子制御工学科卒
- 2003年4月
- 京都大学工学部物理工学科入学
- 2008年3月
- 同上 卒
- 2008年4月
- 京都大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻 入学
- 2010年3月
- 同上 修了
- 2010年4月
- (株)デンソー入社
- 2010年10月
- パワトレインシステム開発部配属、現在に至る。
※2014年4月現在。本文中の敬称は略させていただきました。
ロボットやテレビが電気回路で動く理由を勉強したい
竹内さんは新居浜高専の電子制御工学科で電気工学を学ばれたということですが、まず高専に進まれた理由を教えてください。
竹内:高専へ進んだ理由は父親の影響がありました。父親が家電製品の修理の仕事をしていたので、家でも基板や回路を見る機会が多くあり「これはどうやって動いているんだろう」と自然に興味を持った感じですね。工業系の仕事の中でも、ものを動かす電気制御に興味を持ち、高専では電気・電子工学を学びました。
具体的にどんなものを電気制御したいと思われたのですか。
竹内:最初はやはりテレビやロボットなどですね。それらがどうしてこんな基板と回路で動くのか、すごく好奇心がそそられて電気回路を勉強したいと思って高専の電子制御科へ進みました。
女性は電気回路に興味を持たなそうなイメージがありますが?
竹内:私の周りはそういう電気回路に興味がある女子の友達が自然と集まりましたよ(笑)。
理論や数式がカタチになる、電気のものづくりは面白い
電気工学を学ばれて印象に残っていることはございますか。
竹内:理論や数式、記号がそのまま電気回路として表現できることに驚きました。余談ですが、電気工学は理論が先行して勉強しがちになるのですが、ものを触りながら学んでいくともっと理解が深まるのではないでしょうか。例えば高専ロボコンなんかもそうですね。学んだことがロボットというカタチになる。私も今思うと、やっておいたらよかったなぁと思っています(笑)。
なるほど。他に電気工学を学ばれて、思い出に残っていることはございますか。
竹内:電気回路を担当してくださった先生が、興味のあることはなんでも学生にやらせてくれる方でした。ある日、わたしと友達でクリスマスカードをつくろうとしたのです。二つ折りで開いたら、音楽が鳴るカードをつくろうと思ったのです。
よくクリスマスの季節に街中で売っているカードですね。
竹内:ええ。中に小さな回路が入っていて簡単そうに見えたのですが、あれを実際につくろうとすると、思った以上に大きくなり、音が全く鳴らないのです。なかなか音がならないので、先生もいっしょに休日返上で考えていただいて、苦労の末、やっと動きだしました。すごく感動しましたね。
研究に没頭できるのは学生時代だけです
そして京都大学の物理工学科へ編入ではなく受験をされました。
竹内:はい。高専は電気回路に興味があって入ったのですが、こんどはどういう動かし方をすればよいのかを知りたいとおもいました。そこで、その基礎から学びたいと思って受験しました。京都大学の物理工学科では、主に機械工学を学びました。院では、輸送機器の分野を手掛けようと思い、かねて興味のあった宇宙機の制御を研究するため、航空宇宙工学専攻に進みました。
航空宇宙工学専攻の研究室では、どのようなことを研究されていましたか。
竹内:人工衛星などの宇宙機はバッテリー交換をすることが難しく、また搭載燃料の量も限られているため、少ないエネルギーで姿勢制御や軌道修正することが求められています。私はその中でもできるだけ少ないエネルギーで、宇宙機を目標とする姿勢に制御する手法を研究していました。
研究室での思い出を教えてください。
竹内:理論大好きな学生が多かったです。不等号の“=”の有無で何時間も議論したこともあります(笑)。学生は研究においてコストパフォーマンスを求められているわけではありません。ですから、興味さえあれば何時間も研究ができる環境です。会社に入ったらそういうわけにはいきませんので、学生のうちに十分時間をとって研究に没頭できたのはよかったと思います。
宇宙機から自動車部品の制御へ、デンソーに入社した理由
宇宙機を研究されていた竹内さんが、自動車部品メーカーのデンソーに入社されたのはなぜですか。
竹内:就職活動を進めていくにつれて、宇宙機よりも小規模のシステム全体を見渡せるような制御系を対象とする仕事に就きたいと考えるようになりました。宇宙機はものが大きいので、どうしても一部分しか手掛けることができません。私は、小さくてもいいのですべて自分でつくりたいと思って、家電や輸送機器関係の会社を志望しました。
家電や輸送機器関係を志望していて、最終的にデンソーを決めたわけですね。
竹内:はい。デンソーは自動車部品のメーカーなので、機械系エンジニアが多いと思われていますが、電気系エンジニアも多く在籍しています。私は自動車のことはあまり詳しくなかったのですが、研究開発や人材育成に力を入れており一から教えてもらえるということで非常に良かったです。また大学時代にカナダのトロントへ留学してインターンシップの経験もあったので、国際的な仕事ができる点にも魅力を感じました。
ミクロン単位で排気ガスを制御する、ガソリンエンジン制御技術
現在手掛けているお仕事を教えてください。
竹内:入社してから現在まで、ヨーロッパの自動車メーカー向けのガソリンエンジン制御システムの開発に携わっています。ガソリンエンジンは、空気と燃料を混ぜた気体をシリンダに吸入・点火し、燃焼に伴って膨張する力を利用してピストンを押し下げてトルクを出す構成ですが、私はその中でもECU(電子制御装置※1)による、燃料噴射系製品(※2)の制御開発を担当しています。
ECUによる燃料噴射の制御によって、何が実現できるのですか。
竹内:燃料噴射量を精度良く制御できることです。これによって、自動車の燃費改善や、エミッション(自動車からの排気ガスなど大気中に排出される大気汚染物質)やドライバビリティー(運転性能)に対して貢献することができます。例えば地球環境面では、良くニュースで聞くPM2.5(微小粒子状物質)も減らせます。これは、ミクロン単位の制御で行っています。
燃料噴射を制御することで、排気ガス削減などに貢献できるわけですね。具体的に竹内さんはどのようにECUを使って燃料噴射系製品を制御されているのですか。
竹内:エンジンはECUに搭載されるIC(半導体集積回路)によって電子制御を行います。私はICに書き込まれる制御仕様(アルゴリズムのようなもの※3)をつくっています。エンジン試験や実車試験などを行って、どうすればお客様が満足してくれるような制御ができるか、改善を繰り返してより良いアルゴリズムをつくりあげます。ヨーロッパのお客様とWEB会議などで打ち合わせもよく行いますね。
これまでのお仕事の中で印象に残っていることはございますか?
竹内:私は高専、大学、大学院と理論研究やシミュレーションに関する研究を行っていたため、ほとんど実機を使ったことはありませんでした。ですから実験装置や設備をつかって、はじめて自分の意図通りにエンジンの部品を動かして、パフォーマンスに改善が見られたときには感動しましたね。自分が書いたアルゴリズムを用いたICで、排気ガスが減ったところをリアルに見ることができました。
(※1)ECUとは、Electronic Control Unit(電子制御装置)の略。車載ECUは、エンジン制御の他、駆動系統など様々な制御に使用されている。
(※2)ガソリンエンジンにおいて、液体の燃料を吸入空気に霧状に噴射する製品群。
(※3)アルゴリズムとは、コンピュータを使用してある特定の目的を達成するための処理手順。
電気の知識や技術は、エンジニアにとって必ず必要になる
学生時代に学んだ電気工学は今のお仕事にどのように活かされていますか。
竹内:これは電気工学というより工学全般ですが、自分で組み立てた理論と仮説に従って、シミュレーションや実機で効果を検証し、結論を導くという研究開発の一連の流れは学生時代の研究で身に付けたスキルだと思います。
では今振り返って、電気工学を学んで良かったなぁと思うことをお教え下さい。
竹内:そうですね。制御は「電気」と「機械」に分けて考えるものではありません。私は高専で電気の基礎知識を身につけているので、電気的な話ができるのは助かっています。機械部品の挙動を把握するためには、電気回路の知識が必要になることが多々あります。そのおかげで、エンドユーザーの求めているものを制御に反映し、場合によっては部品の形状も変えてもらうような、エンドユーザーと製作部署との橋渡し的なことができるのも電気工学のおかげだと思います。
お仕事で今後どのような事をやってみたい、または目指したいと思いますか。
竹内:自動車は当然、高い信頼性が求められる輸送機器の制御ですが、個人的にはできるだけ新しい手法を取り入れて、お客様やエンドユーザーに満足してもらえるようなものづくりをしたいです。従来にない、新しい制御技術をぜひ生み出していきたいですね。
最後にこれから電気工学を学ぼうとする学生へのアドバイスをお願いします。
竹内:正直に言えば“パワトレインシステム開発部”という部署に配属され、機械系の仕事には電気工学はもう必要ないと思っていました。しかし、機械であっても電気回路を使用している限り、必ず電気工学は必要になります。電気工学はどういう道に進んでも必要になるので、身につけておけば、大きな活躍の場があるはずです。自動車分野でも今後、ハイブリッド車や電気自動車が普及するにつれて、電気工学の重要性はさらに増すのではないでしょうか。
工学系は女性が少ないのですが、女性の方へのメッセージもお願いします。
竹内:逆に、日本ではなぜ女性が工学部へ進まないのか不思議に思っています(※4)。実は潜在的には多いのではないでしょうか。女性の場合、興味があってもみんなが行かないから進まないということが多く見受けられる気がします。ですから、偏見を持たずに自分の興味がある道へ進んでいってほしいですね。仕事は一生を左右するものなので、自分の将来を見据えて進路を決めてほしいと思います。
(※4)工学系で女性が少ないのは日本特有の現象。詳しくは「電気工学で活躍する女性 東京大学オープンキャンパス」をご覧ください。
本日は電気と機械をつなぐ制御技術の大切さが、よく分かりました。今後の国際的なご活躍に期待しています。どうもありがとうございました。
バックナンバー
- vol.53 日々の確実な作業の積み重ねで、地下鉄というインフラを支えたい。
- vol.52 電気工学を活かして技術の発展に女性の視点を反映したい
- vol.51 東西日本間の電力融通を通じて安定した電力供給に貢献したい。
- vol.50 情報科学の知見を活かして電力業界のDX化に貢献したい。
- vol.49 電力業界の新たなルールへの対応の検討を通じ、カーボンニュートラルの実現に貢献したい。
- vol.48 変電技術者として変電所の運営に携わり、電気のある明るい生活を支えていきたい。
- vol.47 空港という重要施設を電気のスペシャリストとして守っていきたい
- vol.46 海底ケーブルのスペシャリストとして電力インフラを支えていきたい。
- vol.45 「ワクワクしつつ冷静に」をモットーに電力の安定供給に貢献したい。
- vol.44 “縁の下の力持ち”として測定器づくりによって社会を支えていきたい。
- vol.43 電力インフラを支える仕事を通じて、環境保護などの社会貢献を続けていきたい。
- vol.42 誰からも認められる女性技術者となり、 発展途上国の人々の暮らしに貢献したい。
- vol.41 電験1種取得者としての専門性を活かし、 電力業界で必要とされる人材であり続けたい。
- vol.40 電気工学の知識をもっと身につけ、 信頼される技術者になりたい。
- vol.39 大容量の電力貯蔵を実現するNAS電池の普及を通じてエネルギー問題の解決に貢献したい。
- vol.38 電気工学の知識を活かし、設備設計のプロとして活躍したい。
- vol.37 電動化が進むクルマの、これからの進歩を支えたい。
- vol.36 電力を支える使命を持った 信頼される存在になりたい。
- vol.35 世界に広がる活躍のステージ。 社会貢献への期待に応えたい。
- vol.34 四国の電力を支える使命を持って、火力発電の未来を拓きたい。
- vol.33 世界中のヒトに信頼される、建設機械を設計したい。
- vol.32 変電設備の最前線で、 電気の安定供給に尽くしたい。
- vol.31 都市レベルでものごとを考えられる、広い視野を持った電気設備設計者になりたい。
- vol.30 高電圧・高電界分野の技術開発で、 電力機器を進化させたい。
- vol.29 電力系統解析の研究者として、 社会や現場のニーズに応えたい。
- vol.28 電力・エネルギーの専門家として、社会に広く情報発信したい。
- vol.27 世界の海洋開発と海上物流を、最先端の電気技術で支えたい。
- vol.26 電力系統を守って人々の生活を支えたい。
- vol.25 新しい制御技術で、 環境にいいクルマを実現したい。
- vol.24 世界の産業を支える 技術者として活躍したい。
- vol.23 日本が誇る電力技術を、 世界に広めたい。
- vol.22 宇宙を駆ける、世界初のものづくりをしたい。
- vol.21 電気工学を活かして、交通安全を支えたい。
- vol.20 製鉄現場を電気技術者として支えたい。
- vol.19 エネルギー・環境問題の解決と、 日本の産業を強くしたい。
- vol.18 電力の安定供給を支えたい。
- vol.17 ものづくりの現場に、 電気の専門家として貢献したい。
- vol.16 社会の役に立つ、電気の研究をしたい。
- vol.15 電気工学で、地球環境を守りたい。
- vol.14 世界に広がる省エネ機器をつくりたい。
- vol.13 世界中の社会インフラを支えていきたい。
- vol.12 電気工学で、半導体の進化を支えたい。
- vol.11 電気工学で、日本の鉄道を支えたい。
- vol.10 世の中ではじめての電力機器をつくりたい
- vol.9 電気を広めて、紛争のない世界を実現したい。
- vol.8 宇宙空間で動く、究極の電源をつくりたい!
- vol.7 風力発電で、エコの輪を世界へ広めたい。
- vol.6 電気工学で、日本のケータイを世界へ広めたい。
- vol.5 夢の超電導ケーブルを、世界中で実現したい!住友電気工業株式会社 西村崇さん
- vol.4 エコキュートをもっと便利に。電気工学で地球環境を守る。
- vol.3 電気は、社会に不可欠なライフライン。だから、私は高電圧・大電流に向き合う。
- vol.2 電気工学を応用して、世界一のハイブリッドーカーを開発したい!
- vol.1 電気工学は一生の財産。どこへ行っても使える学問です。