自励式交直変換技術を用いたHVDCの開発・実用化

2023年12月22日掲載

開発者

佐藤 森(さとう しげる)

北海道電力ネットワーク株式会社 基幹系工事センター 変電2グループ

2010年
早稲田大学 理工学部 電気情報生命工学科 卒業
2010年
北海道電力株式会社入社、工務部門に配属
2020年
北海道電力ネットワーク株式会社転籍、工務部門に配属、現在に至る。

はじめに

2019年3月に、自励式HVDC(High Voltage Direct Current:高圧直流送電)である「新北海道本州間連系設備」(以降、新北本連系設備とする)の運用を開始しました。
新北本連系設備は連系容量30万kWであり、北海道と本州間を結ぶHVDC連系容量は、電源開発送変電ネットワーク(株)様が所有する他励式HVDCである「北海道・本州間電力連系設備」(以降、北本連系設備とする)60万kWと合わせて90万kWに拡大しました。
新北本連系設備の建設にあたり、国内で初めて大容量自励式変換装置を採用した自励式HVDCにチャレンジしました。交直変換装置メーカーである東芝エネルギーシステムズ(株)様とともに、新北本連系設備を設置する近傍エリアの特徴等を考慮した最適な制御方法について検討を重ね、実装する各種機能の開発・実用化を進めました。今回、新北本連系設備の設備概要や連系する交流系統に適したHVDCの特徴のほか建設に際して苦労した点等をご紹介します。

開発ストーリー

1.新北本連系設備建設の経緯

新北本連系設備運用開始以前の北海道側交流系統と本州側交流系統は、北本連系設備により双極60万kW(30万kW×2極)で直流連系されていました。
北本連系設備は北海道から本州、あるいは本州から北海道への双方向に60万kWの電力を融通することができ、どちらかのエリアで電力が不足(余剰)した際は健全側のエリアから不足(余剰)側のエリアに速やかに電力融通することができることから、需要規模の小さい北海道としては特に電力の需要と供給をバランスさせる、周波数安定維持の面で大きな役割を果たしてきました。
一方で北本連系設備は運開から40年以上が経過し、将来的には保守点検のための停止日数の増加やリプレース等に伴う長期停止が予想されました。このため北海道電力(株)(現、北海道電力ネットワーク(株))は、北本連系設備が長期間停止した際の北海道エリアの電力安定供給の確保に加え北海道エリア内の再生可能エネルギーの導入拡大を期待し、2014年から新北本連系設備30万kWの建設を開始しました。

2.新北本連系設備の概要

図1 新北本連系設備ルート図

北海道と本州を結ぶ北本連系設備および新北本連系設備は津軽海峡を跨ぎ北海道と青森県を直流送電線で結び、北本連系設備は海底ルート(図1黒線ルート)、新北本連系設備は青函トンネルルート(図1青線ルート)を採用しています。
新北本連系設備の直流送電線電圧は250kV、亘長は約122km(北海道側架空部:約77km、本州側架空部:約21km、ケーブル部:約24km)あります。直流送電線両端に交流と直流を変換する交直変換装置を設置した変換所(北海道側:北斗変換所、本州側:今別変換所)があり、各地域の275kV交流系統と連系しています。

図2に新北本連系設備の単線結線図(概略)を示します。交直変換装置(Converter)の定格容量は有効電力30万kW、無効電力10万kvarの導体帰路(Return line)を用いた非対称単極構成を採用しました。交直変換装置は自励式のMMC(Modular Multilevel Converter)方式を国内で初めて採用しました。

図2 新北本連系設備概略単線図

3.自励式交直変換装置(MMC方式)の特徴

HVDCで使用される交直変換装置は、制御方式や設備構成の違いから「自励式」と「他励式」に大別され、建設当時における国内の大容量HVDCはいずれも他励式を採用してきました。
他励式交直変換装置は交流系統電圧を転流ターンオフ形パワー半導体素子(サイリスタ等)により交直変換するため、有効電力出力に応じて一定の無効電力が消費されることから、交流電圧を維持するための調相設備が必要となります。
一方、自励式交直変換装置は、交流系統接続時に充電されるコンデンサに蓄えられた電力エネルギーを、自己消弧形パワー半導体素子(IGBT等)のON/OFF制御により交流系統へ自由に出し入れ可能なため、有効電力および無効電力を独立して制御することが可能です。

図3 新北本連系設備の
自励式交直変換装置

また、他励式交直変換装置は、交直変換する過程で交流波形および直流波形に一定程度の高調波が発生するため、高調波フィルタが必要となります。一方、自励式交直変換装置の中でも内部のセル(図2のConverter内に示している「C」)を多段積みして構成するMMC方式を適用する場合、各セルから自己消弧形パワー半導体素子のON/OFF制御により出力する電圧を階段状に組合わせることで、交流系統に出力する電圧波形がより交流波形の形状に近くなり、同時に直流送電線に出力する直流波形も歪が少なくなります。いずれにおいても重畳する高調波が少なくなるため、MMC方式では多くの場合高調波フィルタが不要となります。
以上のように、自励式交直変換装置(MMC方式)には多くのメリットがありますが、MMC方式によるHVDCシステムを技術的に確立させるための開発要素が多かったことや、セルを多段積みにすることから、交直変換装置を構成する部品点数が多くなるため、故障率をあげないための工夫が求められること等の高いハードルもありました。

4.自励式交直変換装置(MMC方式)を適用したHVDCの構築

4-1.課題

北海道は本州に比べ需要規模が小さく、また新北本連系設備の北斗変換所は北海道の末端である道南地域に位置しているため、本州側と電力を融通する際に交流系統の周波数変動面や電圧変動面に配慮する必要がありました。加えて、近傍には他励式HVDCである北本連系設備があるため、両HVDC間の制御が互いに干渉し合わないように協調を図る必要がある等、連系する交流系統の特徴を起因とした課題が多くありました。
これら交流系統上の課題に加え、交直変換装置を設置する変換所の建設にあたり、交直変換装置やその冷却装置を収納する専用の建物や、直流送電用電力機器の仕様検討等、これまでに経験したことのない建設上の課題も多くありました。

4-2.電力系統上の課題解決に向けた自励式交直変換装置(MMC方式)の仕様検討

HVDCは交流系統に出力する有効電力を高速で変えられるため、交流系統の周波数を一定に維持するための制御に用いられることがあります。新北本連系設備においても、当初から交流系統の周波数制御機能を実装することで仕様検討を進めていましたが、仕様検討の過程で新北本連系設備の周波数制御機能と北本連系設備の周波数制御機能が互いに干渉し悪影響を及ぼす可能性があることが分かりました。この対策として、両設備を通信回線で結び互いの周波数制御機能の状態を確認することにより、両設備の協調制御を実現しました。これにより、電力系統の周波数が適正に維持され、電力品質の向上に寄与しています。
また、自励式交直変換装置の無効電力制御機能を用いた交流系統の電圧安定化についても適用する北海道側、本州側それぞれの交流系統で適切に効果が発揮できることを目指し、連系する交流系統の電圧変動特性に合わせた無効電力制御方法を考案のうえ、仕様を検討しました。その結果、電圧制御機能には複数の制御モードを実装し、その時々の交流系統状況に合わせた制御モードを選択できる仕様としました。本機能は交流系統の電圧安定化に大きく寄与しています。
その他にも新北本連系設備には、直流送電線の架空線事故時に1秒以内に再送電できる高速再起動機能や、北海道系統ブラックアウト時に電力復旧するためのブラックスタート機能等も実装しています。高速再起動機能は、直流架空送電線に雷が落ちた際の地絡事故の自復性を考慮し、架空送電線区間の事故と判定した場合には、一旦電力融通を停止した後、速やかに交直変換装置を再起動し電力融通を再開させることで、直流送電線事故時の影響を最小限に留める機能です。
また、ブラックスタート機能は健全系統側の電源を利用し、ブラックアウト系統側に電力を送る機能で、交流電圧を自由に作りだすことができる自励式交直変換装置の特徴を活用したものであり、他励式にはない新しい機能です。

4-3.建設上の課題解決に向けた諸検討

交直変換装置は自己消弧形パワー半導体素子を高速に制御(スイッチング)するため、空間への放射ノイズや電路を伝わる伝搬ノイズが発生します。これらのノイズは公共のラジオ電波等に影響を及ぼすため、発生したノイズを外に放出しないよう交直変換装置はシールド加工した専用の建物(以降、バルブホール)内に収容します。
バルブホール内には交直変換装置のほか、冷却装置や制御装置、電源設備等が収容されるため、縦50m×横50m×高さ20m程度の比較的大きな建物(図4中央)となりますが、前述したとおり交直変換装置を収容する部屋の天井、壁、床等にシールド加工が必要な特殊な建物です。
建物の仕様検討にあたっては、シールド加工に関する必要な知識を習得したうえで、建築会社と交直変換装置メーカーと協力して、発生するノイズの諸元や機器・装置の配置レイアウト等を順に検討し、仕様を決めていきました。
その他のHVDCに必要な電力機器(直流開閉器や特殊変圧器等)についても、電気事故(地絡・短絡・断線等)時に求められる性能を一つずつ解析等により確認し機器定格や機器保護の考え方を検討していきました。検討にあたっては国内外の関係論文を参考にしたほか、国内法規に則った試験方法等も確認しながら、機器仕様を決めていきました。

図4 変換所全景

5.苦労した点

新北本連系設備の建設は、2014年に交直変換装置メーカーである東芝エネルギーシステムズ(株)様と受注契約を結び、詳細仕様を共同で検討しながら5年の歳月をかけて進めていきました。国内で初となる大容量自励式HVDCの実用化には、高電圧、大電流に適用した自己消弧形パワー半導体素子の開発や、セルを多段積みにしたMMC方式の開発等メーカーの高い技術力によるところが大きいと感じています。
当社としては、所有している電力系統の安定運用に必要な機能を実現するために、今回開発された自励式交直変換装置をどのように使用するか(したいか)という電力運用ニーズからアプローチし、各種機能ごとに検討WG(Working Group)を立ち上げ、実現性を含めた各種技術検討を交直変換装置メーカーや関係各社と幾度も協議を重ねていきました。

その中で特に苦労した点を2つ紹介します。一つ目は交直変換装置の制御システムの設計です。新北本連系設備は複数の制御装置と多数の被制御装置が連動して動作するシステムのため、設計断面から可能な限りシンプルなシステム構成とすることや、各種装置の制御信号の流れ・制御回路の構成等に対しても設計思想を統一してメンテナンスしやすい共通性の高いシステム構成を目指し、実現に向けて追求していくことに苦労しました。
二つ目は新北本連系設備を運用開始する前に実施する系統連系試験です。系統連系試験は、実際の電力系統に連系した状態でHVDC全体を通した制御システム健全性を確認するもので、運用開始の6ヶ月前から実施しました。機器・装置製作の段階で健全性を確認するために実施するシミュレーター試験で多くの不具合箇所を解消していましたが、系統連系試験では想定外の電気的事象や機器のトラブル等があり、期間が限られている中、対応に大変苦労しました。しかしトラブルには原因があり、原因を突き止め解消することにより必ず解決します。系統連系試験においてもトラブル時に収集した波形や信号の状態を確認し、原因究明→解消案立案→対策といったサイクルで関係者全員が一丸となってトラブルの解決を目指しました。苦労した分、それを乗り越えたときの達成感も大きく、トラブルを解消する過程においては数多くの技術的な知見を得ることができたこともあり、自分自身の技術者としての成長を感じました。

夢・今後の目標

2019年3月の新北本連系設備の運用開始から遡ること半年前、ちょうど両変換所では系統連系試験に向けた準備を進めていた最中の2018年9月6日に発生した北海道胆振東部地震による北海道内のブラックアウトをきっかけに、新北本連系設備を更に30万kW増強する「新北本連系設備増強計画」の検討が進み、現在、2027年度末の運開に向けて工事を開始したところです。
図5の赤色で示すように北斗変換所、今別変換所に30万kWの交直変換装置を増設し、直流送電線を増架することにより、単極導体帰路方式から双極中性線方式に変更になり、必要な機能も増えます。また、本工事では重要設備である新北本連系設備を運用しているなか増設工事を行うため、工事を進めるには前回とは異なる難しさがあります。
このため、初めてとなる自励式HVDCの双極化に向け、培った知識や経験を活かして新たな課題を解決しながら、関係者一丸となって無事に増設工事を完遂させることが現在の目標です。

図5 新々北本連系設備工事概要

学生へのメッセージ

電力系統における直流連系設備には今回紹介したHVDCの他に、東日本の50Hz地域と西日本の60Hz地域を連系するFC(周波数変換設備)等がありますが、その数は限られていました。しかしながら昨今ではカーボンニュートラルに向けた再生可能エネルギー導入の拡大に伴う地域間連系線の強化が検討されており、これから大容量直流連系設備の建設数は増えていくものと思われます。このような状況からも直流連系技術は多くの技術者が関わりをもっていくメジャーな技術分野になっていくものと感じています。
本技術分野は今後さらに技術開発が促進され、交直変換装置においても新たな技術が次々と生まれていくと推察しますが、新しい技術であっても、電気工学は基本となるものであり、学生時代の基礎力が役立つものになると思います。
また、今回のプロジェクトでは、ある課題に対して全く違う分野の発想から解決の糸口が見つかる等の過程を何度も経験しました。専門分野に限らず様々な分野に興味を持ち、視野を広げていく心構えも、将来のスキルアップに役立つものと思いますので、いろいろなことに興味を持ってチャレンジ精神を意識しながら学生生活を過ごしていただければ幸いです。

以上


電気工学のヒトたち

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