vol.8 九州電力株式会社 税所 真前さん
2017年3月31日掲載
開発者
税所 真前(さいしょ まさき)
九州電力株式会社 技術本部総合研究所エネルギー応用技術グループ
- 2001年
- 大阪大学工学部電子情報エネルギー工学科卒業
- 2003年
- 大阪大学大学院工学研究科電気工学専攻博士前期課程修了
- 同 年
- 九州電力株式会社入社、工務部門に配属
- 2011年
- 技術本部総合研究所に異動、現在に至る。
はじめに
近年、リチウムイオン電池は、ノートパソコンやスマートフォンなどの小型家電だけでなく、電気自動車や蓄電池電車など幅広く利用されています。リチウムイオン電池はエネルギー密度(同一体積、同一重量に蓄えられるエネルギーの量)が大きく小型・軽量化が可能であるため、上記のような移動体用途に非常に適しています。
私たちのグループが開発したポータブル電源装置は、上記のような移動体用途に適しているというリチウムイオン電池の特長を活かし、山奥の工事現場や非常災害時など、常設の電源設備(コンセント)がない場所又は停電している場所に持って行き、様々な電化製品を使うことができる電源装置です。
ポータブル電源装置は、元々、当社の工事現場での使用を想定して開発をスタートしましたが、東日本大震災がきっかけとなり、非常災害時の電源として様々な場面で活用されるようになりました。ここでは、ポータブル電源装置の開発経緯やこれまでの活用実績などをご紹介します。
開発の背景
当社の工事現場では、常設の電源設備(コンセント)がない場所でも電動工具などの電化製品を使用しなければならないことがあります。このような場合、通常、ディーゼルエンジンを用いた発電機を使用します。しかし、発電機は騒音が発生するため、夜間に使用する場合は、周辺環境に十分な配慮が必要となります。また、マンホールやトンネル内での作業の場合、発電機の騒音により作業者間のコミュニケーションが阻害されることや発電機の排気ガスが問題となることもあります。
これら発電機の使用に伴う諸課題に対応するため、リチウムイオン電池を使用した可搬型電源装置の開発に着手しました。
開発のストーリー
1.電池監視制御ユニットの開発
小型・軽量化が可能など可搬型の装置に非常に適したリチウムイオン電池ですが、デメリットもあります。リチウムイオン電池は過充電や過放電に弱く、例えば過充電状態になると、内部短絡により電極材料が融解、発火するなどの危険があります。そのため、リチウムイオン電池を使用する際は、BMU(Battery Management Unit)でしっかりと監視・制御することが必要となります。
ポータブル電源装置の開発当初、既存の電力貯蔵装置用BMUを使用していましたが、充電器やインバータなどポータブル電源装置全体を制御するCPUが別途必要となるため、配線が複雑になり組立てが困難であることや、ポータブル電源装置では使用しない機能も多く過剰スペックとなっておりコストが高いことなどが課題となりました。
これらの課題に対応するため、リチウムイオン電池を監視制御する機能と充電器やインバータを制御する機能を統合した新しい電池監視制御ユニットBMCPU(Battery Management Central Processing Unit)を開発しました。BMCPUの大きな特長は下記の3点です。
- リチウムイオン電池の監視制御を行うBMUと充電器やインバータを制御するCPUを統合したことにより、複雑な配線が解消され、量産時の組立て作業容易化が図れる。
- 常時の監視制御はディジタル回路で実施するが、ディジタル回路不具合時はアナログ回路で確実に過充電・過放電を防止する多重保護回路を搭載することにより、安全性を確保している。
- ポータブル電源装置に必要な機能に絞り込むことで、低コスト化を図っている。
BMCPUの開発により、コンパクトなシステム構成が可能となり、ポータブル電源装置の開発は大きく進展しました。BMCPUは日本のみならず、海外8か国でも特許を取得しています。
2.工事現場でのフィールド試験
BMCPUを搭載したポータブル電源装置の試作機を製作後、実用性の評価を行うため、実際の工事現場でフィールド試験を実施しました。
図2は市街地での夜間作業の状況です。写真中央の白い装置がポータブル電源装置の試作機です。マンホール内作業で使用する送風機の電源としてポータブル電源装置を使用しています。夜間作業での使用を通して、騒音がほとんど発生しないというポータブル電源装置のメリットが確認できました。
図3は常設の電源設備(コンセント)がない山間部作業で金属切断をしている写真です。写真右の白い装置がポータブル電源装置の試作機です。山間部などにも容易に持ち運びできる可搬性や様々な電動工具が問題なく使用できることを確認しました。
3.東日本大震災での活躍
工事現場での使用を想定して開発を進めていたポータブル電源装置ですが、平成23年の東日本大震災で状況が一変します。日本赤十字社青森県支部からポータブル電源装置を貸してほしいとの要請があり、当社が保有していた試作機7台を貸出し、陸前高田市第一中学校や石巻赤十字病院で使用されました。
図4は陸前高田市第一中学校での使用状況です。写真中央の白い装置2台がポータブル電源装置の試作機(大容量タイプ)です。医療用テントの暖房空調機用電源として使用されました。
図5は石巻赤十字病院での使用状況です。写真右下の白い装置がポータブル電源装置の試作機ですが、この装置はLED照明を一体化した装置となっています。医療用テント周辺の照明用電源として使用されました。
東日本大震災で使用されたことにより、リチウムイオン電池を搭載したポータブル電源装置は、工事現場などで使用する産業用電源装置としてだけでなく、非常災害時の非常用電源装置としても有効であることが立証されました。
4.ポータブル電源装置の製品化・販売開始
工事現場でのフィールド試験結果や東日本大震災での使用状況等も踏まえた改良を重ね、平成24年、ポータブル電源装置を製品化、販売を開始しました。図6が可搬性の高い小型キャリータイプ(商品名:エネジール)、図7がLED照明を一体化したタイプ(商品名:エネビーム)です。それぞれの主な仕様は表1の通りです。
表1.ポータブル電源装置の主な仕様
商品名 | エネジール | エネビーム(Ⅲ型) |
---|---|---|
電池容量 | 2,400Wh | 2,500Wh |
定格出力 | 1,500W | 1,500W |
定格電圧 | AC100V | AC100V |
周波数 | 50Hz/60Hz | 50Hz/60Hz |
充電時間 | 約9時間 | 約9時間 |
連続点灯時間 | - | 30時間 |
重量 | 約64kg | 約164kg |
サイズ(mm) | W320×D690×H600 | W570×D1,060×H1,500~2,200 |
メーカー | (株)アイエムティ | 光洋電器工業(株) |
5.太陽光(PV)充電ユニットの開発
東日本大震災での活躍を受けて、日本赤十字社熊本赤十字病院から、蓄電池を活用した災害救援システムの開発に関する共同研究の依頼があり、平成23年11月から共同研究を開始しました。
ポータブル電源装置は、通常、交流100Vのコンセントで充電しますが、非常災害時に充電をどのように行うかが大きな課題となります。当然、再生可能エネルギーの利用、とりわけ手軽に発電可能な太陽光発電の利用が考えられますが、車両での搬入ができないような被災地での使用を想定し、太陽光パネルとパワーコンディショナーを可能な限りコンパクトにする必要がありました。
まず、太陽光パネルは、1枚60W出力の米国パワーフィルム社のシート型太陽光パネルを採用しました。折りたたむとノートパソコン程の大きさになり、非常に可搬性に優れた太陽光パネルです。また、図8が今回新たに開発したパワーコンディショナー(PV充電ユニット)です。太陽光パネルの電圧を監視し、充電に必要な電力が発電されている場合のみ制御を開始することで、効率的な充電を可能としています。図9はPV充電ユニットを用いてポータブル電源装置を充電している写真です。シート型太陽光パネル8枚(合計480W)を使用して、約1日でポータブル電源装置の充電が可能であることを確認しました。
6.非常災害時の活用実績
平成24年に製品化・販売を開始したポータブル電源装置は、これまでに様々な用途に活用されていますが、ここでは非常災害時の復旧支援に活用された事例についてご紹介します。
① 平成25年台風30号(フィリピン)
平成25年11月8日にフィリピン中部に上陸した台風30号は、中心気圧900hPa以下、風速60m/s以上という猛烈な勢力で甚大な被害を引き起こしました。日本赤十字社国際医療救援部は現地で医療活動を実施しましたが、この医療活動でポータブル電源装置が使用されました。図10はフィリピンでの使用状況です。気温45℃という高温環境下で、感染症予防ワクチンを15℃以下に保つための電源として使用されました。
② 平成28年熊本地震
平成28年4月14日(前震)、16日(本震)に発生した熊本地震では、当社のポータブル電源装置を日本赤十字社に貸出し、南阿蘇村の仮設診療所や益城町の病院で使用されました。図11は南阿蘇村での使用状況です。キッズルームという被災地の子供たちが楽しく遊べるテントの照明用電源として使用されました。
③ 平成28年博多駅前道路陥没事故
平成28年11月8日に発生した博多駅前道路陥没事故では、当社のポータブル電源装置を博多駅バスターミナルに貸出し、屋内外の照明として使用されました。騒音や排気ガスが発生しないため、屋内での使用にも非常に適していることが再確認できました。
今後の目標
ポータブル電源装置は、当初想定していた工事現場での使用に留まらず、非常災害時の復旧支援という大きな役目を担うことができました。今後もリチウムイオン電池を中心とした研究・開発を通して、お客さまのお役に立てるよう微力ながら精進していきたいと考えています。
学生へのメッセージ
リチウムイオン電池など蓄電池の技術は、まだまだ発展の余地があり、今後の電力システムに必要不可欠なものになると考えています。蓄電池の技術を支える学問が電気工学と言えるかと思いますが、一口に電気工学と言ってもその技術分野は多岐に渡り、電池材料や電気化学といった電池そのものに関する技術から、パワーエレクトロニクスのような周辺回路技術、電力系統でどのように蓄電池を制御して使用するかという制御技術まで様々な分野で研究・開発が進められています。電気工学に少しでも興味があれば、まずは学生の皆さまが勉強している分野、得意としている分野、興味がある分野でどのような研究・開発が進められているか調べてみてはいかがでしょうか。学生の皆さまのご活躍により、電気工学がさらに発展することを期待しています。