日本でスマートグリッドを実現したい。

2012年9月28日掲載

パトム・アッタウィリヤヌパープさんは、三菱電機でスマートグリッドに関わる仕事をされています。本国タイで電気工学と出会い、北海道大学へ留学。そのまま日本に就職をされました。電気工学と出会ったきっかけから、留学を決めた訳、日本での研究生活、就職をした理由、そして外国人留学生へのアドバイスまで丁寧に答えていただきました。

プロフィール

1998年5月
チュラロンコン大学大学院電気工学科修士課程修了
1999年3月
九州大学留学生センター日本語教育課程修了
2000年3月
九州大学大学院システム情報科学研究科研究生修了
2003年3月
北海道大学大学院工学研究科博士後期課程修了
2003年4月
北海道大学大学院 工学研究科(21世紀COE研究員)
2003年11月
東京大学大学院 工学系研究科(日本学術振興会外国人特別研究員)
2005年11月
東京工業大学大学院 理工学研究科(助教)
2008年4月
三菱電機株式会社 入社
現在
電力流通プロジェクトグループ(専任)にて、新エネルギー電源出力把握技術・システムの開発ならびにスマートグリッド・スマートコミュニティに関わる計画・制御・監視システムの開発を担当

※2012年3月現在。本文中の敬称は略させていただきました。

タイは日本と同じく資源が少ない国です

パトムさんが、電気工学科を専攻しようと思ったのはなぜですか。

パトム:もともと子供の頃から物理や数学が好きで、大学ではまず工学部を選び、電気工学に興味がわいて、2年生で電気工学科に進みました。電気は我々の身の回りにありますが、目に見えません。電気がどうやって作られているのか非常に興味がありました。

物理が好きということでしたが、例えば授業が面白かったとか。

パトム:物理学の授業の中で、電気磁気学のMaxell方程式などが出てきて、かなり難しいと感じましたが、チャレンジしようかなと思いました。

難しいからチャレンジするというのはすごいですね。実際にやってどうでしたか。

パトム:はい、面白かったです。

電気工学も、半導体などの電気材料から電力などの強電まで幅広いですが、電力工学に興味を持ったのはなぜですか。

パトム:電気はどうやって作られるのかという疑問から始まったので、電気工学の中でも電力工学に強く興味を持つようになりました。

ところで、タイでは水力、火力、原子力など、どの種類の電源が多く使われていますか。

パトム:一番多いのは天然ガスの火力発電です。タイでは日本と同じように十分な資源がなく、海外から燃料の多くを輸入しています。

入学のときには電気工学に対する人気はどうでしたか。

パトム:私が入学したときは、電気工学が一番人気で、優秀な学生がたくさん集まっていました。

今はどうですか。

パトム:今はコンピュータなど情報系が増えているようです。

世界トップクラスの技術と奨学金が魅力で、日本に留学しました

修士課程ではどのような研究をしていましたか。

パトム:電力系統の最適潮流計算に関する研究です。発電所から電気を送る時に、発電に関わるコストと送電線で発生する送電ロスを考慮する必要があります。最適潮流計算は、コストとロスが最も小さくなるように各発電機の発電量や変圧器の設定値を決定する問題です。

その研究の難しさについて教えてください。

パトム:最もよい解を求めるときは最適化技術が必要です。最適化というのは数学的な手法で、大学に入って初めて勉強したので、理解することが難しかったです。

良い結果が得られましたか。

パトム:小さな系統で検討しましたが、最適化によって5%程度ロスを削減することができました。今後の省エネ等にもつながると思います。

ところで、なぜ日本に留学して勉強しようと思ったのですか。

パトム:日本の他にもアメリカ、ヨーロッパなど多くの選択肢がありました。でも日本は技術面で世界のトップクラスであり、経済面でも日本の文部科学省から奨学金制度がありました。さらに将来の就職については、タイにも日本企業が多くあり、留学後にタイに戻って、タイ語、英語以外に日本語も話せたら、就職の選択肢も増えると思いました。

留学には不安はなかったですか。

パトム:正直ありました。当時は22歳で海外の経験はなく、正直言って不安でしたが、一緒に日本に留学する友達が5人ぐらいいたのである程度は安心できました。

パトムさんはそのままチュラロンコン大学の博士課程に進学する選択もあったと思いますが。

パトム:海外と比べて日本の技術は進んでいて、研究設備も日本の方がそろっているためです。

チュラロンコン大学から日本に大勢来ていますが、パトムさんの出身の研究室からもたくさん来ていますか。

パトム:継続的に来ているようです。また、日本の留学後に、チュラロンコン大学に戻って先生になった友人もいます。

電力以外の電気工学の分野でも、日本や他の国に留学するケースはありますか。

パトム:通信分野で留学するケースが多いです。留学する国は、アメリカが一番多いと思います。

日本に興味があったので、充実した学生生活をすごせました

日本語の勉強は大変でしたか。

パトム:最初は大変でしたが、もともと日本語に興味があったのでそれほど苦ではありませんでした。1年半程度、研究しながら日本語も勉強しました。また、タイでは、日本のアニメとか漫画、カラオケ、音楽などに人気があり、文化の違いもあまり感じませんでした。

北海道大学に入ったのはどうしてですか。

パトム:日本に来て最初は高電圧関係の研究をしていたのですが、タイの修士課程で電力系統の運用について勉強していたので、そちらの研究をしたい気持ちがありました。たまたま、夏に北海道に遊びに行った時、よい所だなあと思って、北海道大学を選びました。

北海道大学の博士課程での研究は?

パトム:複数の発電事業者が競争的に電力市場に参加する状況を想定して、発電事業者にとって最もよい発電計画を見出す研究をしていました。

研究ではどのあたりが難しかったですか。

パトム:発電計画そのものは新しくありませんが、新しい部分を見出すのが難しかったです。今まで考えられていない計算手法や制約条件などを考えていました。電力自由化のルールも国によって様々で、その中でどのモデルを使うのか、共通的、一般的な形でモデル化することが難しかったですね。

日本の研究室での思い出やタイとの違いはありますか。

パトム:北大では、「読書会」というセミナーをやっていました。毎週、一人ずつ自分以外の研究の論文をさがし、他の学生にその内容を説明するというものです。このようなセミナーはタイにはありませんでしたが、自分以外の研究を説明するというのは興味深かったです。また、北海道なので毎年夏に大学内でジンギスカンパーティーなどをしたことが楽しい思い出です。

日本でとても充実した学生生活をすごされたようですね。ところで最近、日本では授業を英語で行うとか、秋入学なども検討していますが、これについてどう思いますか。

パトム:秋入学は国によって違いますが、入りやすくなると思います。英語のクラスは、確かに日本語を勉強しなくてよいので、留学生にとっては良いですが、日本語を話す機会が少なくなると思います。日本語を話せるようになれば、さらにより楽しく生活が送れると思います。

日本の物価は高いと感じましたか。

パトム:物価は高いと思いました。でも奨学金とか学費の免除システムがあり、特に、博士課程学生はほとんど、経済的な支援が得られると思うので、生活面でも大丈夫だと思います。

日本版スマートグリッドを実現する仕事です

日本の企業に就職しようと思ったのはなぜですか。

パトム:日本に長く住んで、研究している中で、日本では研究する環境が整っていると感じました。例えば、本や資料などを容易に探せますし、研究設備も充実しています。日本の電力技術はもちろん他の技術でもタイより優れているので、一度は日本で就職しようと考えました。

メーカーと電力会社という選択肢があったと思いますが、どうしてメーカーに就職されましたか。

パトム:私はマイクログリッドにとても興味があり、当時、三菱電機が八戸でマイクログリッドの開発をやっていました。また、お世話になった先生の紹介もあり、三菱電機に就職することを決めました。

今のお仕事もマイクログリッドに関係していますか。

パトム:今は、もう少し広い「スマートグリッド」に関する仕事をしています。

「マイクログリッド」と「スマートグリッド」の違いは何ですか。

パトム:まず、この「グリッド」とは「電力系統」という意味で、マイクロは「小さい」ということなので、「マイクログリッド」は「小さい電力系統」という意味です。小さくても運用するのは簡単ではありません。なぜなら、変動に対する影響が系統全体に比べて大きいのです。マイクログリッドに関する技術は、その小さい電力系統をうまく運用する技術です。一方、「スマートグリッド」の「スマート」とは、「賢い」という意味。スマートメータという新しい設備を使って需要家のデータを計測し、これまで見えなかった電力のデータが見えるようになります。系統運用者からは、今まで見えなかったものが見えるようになりスマートになりますし、これまでの運用をさらに賢く、高効率で運用する技術をスマート技術ということもあります。

スマートグリッドができると、今までとは違う新しい世の中になりそうな気がしますが。

パトム:需要家の電気やガスなどのエネルギーの使い方が変わると思います。需要家は節電、省エネ、創エネなどの形で電力システムに参加するようになり、系統運用者は需要家の電気の使い方が分かるようになるので、いろいろなことができると思います。

スマートグリッドの中のどういう部分に携わっているのですか。

パトム:今後、電力系統に大量の太陽光発電が導入される予想で、余剰電力の吸収、太陽光発電の急な出力変動に対して蓄電池や火力発電の調整で変動を吸収する需給バランス技術、電気が不足したときの需給計画に関する技術が必要です。特に日本の場合は、太陽光発電の7~8割が配電系統に導入される予想で、配電系統の潮流や電圧が変動する可能性があり、その変動対策のために配電系統技術、また自動検針のためのスマートメータなどの技術開発がありますが、私はその中で需給制御技術、太陽光発電の変動を把握するシステムを担当しています。また、スマートコミュニティなどの需給制御システムも担当しています。

考えているエリアはどの程度の広さですか。

パトム:いろいろな広さが考えられます。ビル、家庭、コミュニティなどいろいろな場合で対応できるようなシステムを開発しています。

尼崎以外でも実証研究を行っていますか。

パトム:和歌山、大船でもやっています。和歌山では太陽光発電、大船ではスマートハウスについて研究しています。

「21世紀はエネルギーの世紀」電気工学がますます重要です

今のお仕事で大変だったことはありますか。

パトム:大変なこともありますが、今の職場は自分の好きな分野で、自分の能力を活用できるので楽しいです。

大学の研究とは大分違いますか。

パトム:そうですね。時間に関する感覚が違いますね、時間の制約は厳しいと思います。

海外に行ったり、あるいは海外のお客さんと交渉したりすることもありますか。

パトム:今は開発の仕事なのでほとんど国内の仕事が多いです。日本人と同じ感覚で仕事をさせていただいています。

今の職場で、パトムさんのように日本に留学して日本で就職した外国の方はいますか。

パトム:もう一人、イタリアの方がいます。

学生時代の電気工学の研究が現在のお仕事にどのように役だっていますか。

パトム:需給計画の技術そのものが最適化の技術なので、大学で学んだ技術をそのまま活用していると思います。

今振り返ってみて、電気工学を学んでよかったと思いますか。

パトム:最近思ったのですが、21世紀はエネルギーの世紀と言われています。これまで一般の方は、電気やエネルギーにあまり興味がなかったと思いますが、最近、地震の影響もあって多くの人が興味を持っています。注目されている電気エネルギーのシステム開発やそのスマート化に関する技術に貢献できるのはとてもうれしく思います。

日本はとても住みやすい、奨学金など経済的な面でも魅力的です

日本に留学、就職して良かったことは?

パトム:日本は技術の高い国であり、研究環境が整っていることです。また、日本の政府や企業は、新しい技術に力を入れて投資しています。自分自身も新しいことにチャレンジしたり、開発に携わることができて良かったと思います。

今後、タイに戻る予定はありますか。

パトム:今の仕事が楽しいので、今のところは、将来戻る計画は立てていません。

逆に困ったことはありますか。

パトム:企業に入って10~20人と会うときに、日本人の名前は覚えづらくて困ったことがありました。外国人から見ると日本人の名前は覚えづらいですね。逆に自分の名前も長いので日本のシステムでは、15文字程度しか入らないので苦労することもありますね。

今後お仕事の面で、さらにやりたい夢はありますか。

パトム:スマートグリッドは数年で終わらない話です。長年のテーマなので、エネルギーをもっと使いやすく、もっと効率の良いシステムの開発を目指していきたいと思います。また、日本人は細かい技術が得意なので、積極的に自分自身に取り入れたいと思います。

ポスドク(博士後研究院)を2年間、その後、東京工大で助教をされましたが、ポスドクという立場がどうだったら良いと思いますか。

パトム:ポスドクをやっている間に、企業に半年間程度、インターンシップできる研修制度があればよいと思います。海外インターンシップも重要だと思います。

最後に、日本に留学したい、働きたいという方にアドバイスはありますか。

パトム:日本の技術は世界レベルですし、また、日本は住みやすいところです。外国から初めて来る人も住みやすいと思います。また日本は奨学金や学費などの面でも援助があるので魅力的な国だと思います。是非、たくさん来ていただいて一緒に新しい電力系統の開発にチャレンジして欲しいと思います。

どうすれば日本の良さを伝えることができると思いますか。

パトム:やはりPRが大事だと思います。日本の大学を自分で探すのはすごく難しいです。私の時は、英語のホームページがほとんどありませんでした。日本の大学を探しても情報がなければやはり日本へ行くのは難しくなります。インターネットでの大学の情報発信や、現地の大学での説明会、学会などで会う海外の大学教授へのPRなどが考えられます。アメリカの場合は、大学のホームページが充実しますし、留学の歴史も長いので、戻ってきた人からの話も入ってきます。日本もこれから歴史を作っていかなければならないですね。

本日はありがとうございました。

※インタビューへのご質問、お問い合せにつきましては、「こちら」にお願いします。

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