電気工学を学ぶこと、電気工学を学んだその後

2020年8月31日掲載

関崎 真也(せきざき しんや)

広島大学 大学院先進理工系科学研究科 助教 博士(工学)

2009年3月
名古屋工業大学工学部電気電子工学科卒業
2011年3月
名古屋工業大学大学院工学研究科創成シミュレーション工学専攻博士前期課程修了
2013年9月
名古屋工業大学大学院工学研究科創成シミュレーション工学専攻博士後期課程修了
2013年10月
広島大学大学院工学研究院特任助教
2016年2月
広島大学大学院工学研究院助教
2020年4月
広島大学大学院先進理工系科学研究科 助教

現在、広島大学 大学院先進理工系科学研究科 助教 博士(工学)

電気工学を学ぶこと

このコラムをご覧になる方は、少なからず電気(工学)に興味を持たれていると推察しますが、「電気(工学)」という単語にどのようなイメージをお持ちでしょうか。小中学校での理科や高校の物理の授業で習った内容を思い浮かべる方もいれば、「日常生活で利用している便利な存在」といった漠然としたイメージをお持ちの方もいると思います。電気は縁の下の力持ちとして私たちの生活を支える存在ですが、手に持ってまじまじと観察できるものではないですし、日常生活において電気そのものを目にすることはできません。日頃から電気を当たり前の様に使用し、その恩恵を大いに享受している私たちですが、身の回りで使用されている電気工学の技術の一つ一つを意識されている方は、それほど多くは無いと思われます。電気工学の持つ魅力は、本コラムが掲載されるパワーアカデミーのホームページに満載ですので、興味がある方には是非そちらをご一読されることをお勧めしますが、私は私で電気(工学)に馴染みの薄い方に電気工学の持つ魅力の一例を簡単にお伝えできればと思い、キーボードを叩いています。

電気工学の魅力といっても数多くあります(そして人によって異なります)が、そのうちの一つは、身に着けた知識・技術と実問題とのつながりを実感できる点にあると思います。新しい知識を吸収することも楽しいですが、工学は社会に役立つための学問ですので、理論的な話だけでなく、それがどのように社会と繋がっているかを認識できることに魅力を感じます。私は、今でこそ電気工学に携わってはおりますが、電気電子工学科に入学した当時を思い起こしてみると、自分がこれから学ぶ電気工学の具体的な内容と、学んだ技術・知識が将来何に活かせるのかについて、明確には意識していなかったように思います。受講した講義や実験は専門性が高く、興味を惹かれることが多かったものの、将来に活きる知識を身に付けるというよりも、単位をとるという(やや不純な)動機が支配的でした。講義を担当された先生方はその科目の重要性を力説しておられたと思いますが、このような意識の下では電気工学の魅力に気づくことは難しいかもしれません。この意識が変わった切欠は、大学4年進級時に電力関係の研究室に配属されたことであると記憶しています。電力工学は、社会基盤である電力システム(発電や送電、配電など)を対象とした分野であり、街中のいたるところでその技術が応用されています。研究室では、電気設備の見学など様々な貴重な経験をさせていただき、学んだ知識や技術が理論だけでなく実問題へ応用され、社会に役立っていることを実感しました。そこではじめて、電気工学が持つ魅力を理解することができるようになったと思います。電気(工学)へ食指が動かない方も、一度、設備見学や実験を体験してみると、イメージが明確になり、興味を持てるようになるのではないでしょうか。幸いなことに、今の時代、見学会など、そのような機会は少なくありません。

例えば私が携わっている電力工学ですと、実問題への応用例を目にする機会が豊富にあります。下の写真は2019年にアイスランドで開催された国際会議に参加した際の写真です。アイスランドは日本と同様に火山が多く地熱や温泉に恵まれており、地熱発電所や間欠泉、溶岩によって形成された洞窟を見学する機会をいただきました。このような機会の度に痛感しますが、学んだ技術・知識が実世界においてどのように応用され、その地域の特色やニーズに合わせて役立っているかを自らの目で確認することはとても面白く、強く興味を惹かれます。国内・国際会議に参加するとこのように設備を見学させていただける機会が多いのは、電気工学分野の多くの技術者の関心の高さの表れだと思います。「役に立つ」ことだけが重要であると言うつもりはありませんが、新しい知識を学ばれる方の立場になって考えてみると、何に役立つのか不明瞭な知識を詰め込むことはモチベーション維持の点で難しいかもしれません。その点、電気工学は社会に役立つための学問である工学に含まれ、私たちの生活になくてはならず、かつ、その応用範囲も非常に広いという点で、魅力ある学術領域だと太鼓判を押せます。この原稿を執筆しながら、私が大学2年時に受講していた電気回路の先生が講義中に類似のことを熱弁していたことを思い出していますが、電気工学に関わる教員の立場になってみて、改めてそう思います。

写真左:アイスランドの地熱発電所 写真右上:間欠泉 写真右下:著者(洞窟見学中)

電気工学を学んだその後

さて、電気工学を学「ぶ」モチベーションの一例をご紹介したところで、次は電気工学を学「んだ」その後をイメージしてみて下さい。上で申し上げたように、工学は社会に役立つことを目的とした学問です。工学(engineering)を学んだエンジニア(engineer)には、これまで培われてきた技術を継承した上で社会が抱える課題に取り組み、解決することが求められます。電力工学が直面している喫緊の課題を例に挙げますと、現在、世界的に太陽光発電システムや風力発電システムなど、自然エネルギーを利用した再生可能エネルギーが電力システムに導入されつつあります。日本も例外ではなく、再生可能エネルギーの大量導入により、周波数や電圧の変動をはじめとする種々の問題が将来的に顕在化することが懸念されており、様々な取り組みが行われています。例えば、「スマートグリッド」という単語を耳にしたことはありませんでしょうか。スマートグリッドとは、直訳すると「賢い電力網」であり、その名の通り、電力システムを賢く制御することで、上記を含む様々な問題を解決しようとする技術です。同様の試みは世界的に行われており、日本でも活発に研究されています。手前味噌ですが、下の写真は、広島大学で私が参加している研究チームで開発中の電力変換機器(インバータ)の実験写真であり、同期化力インバータと呼んでいます。大雑把に説明すると、同期化力インバータは、インバータを「賢く」制御することで電力系統を安定化するための機器です。同期化力インバータの開発には、電力工学のみならず、制御工学、半導体(物性)工学、電気回路理論、電気磁気学、パワーエレクトロニクスなど、複合的な技術が必要になります。いずれの技術も電気工学が対象としている領域であり、チームメンバー各々が専門とする知識を集め、知恵を絞り、社会が抱える課題を解決するための技術を開発しています。「これまで培われてきた技術を活かして社会が抱える課題を解決する」電気工学を今まさに身をもって体感している最中であり、遣り甲斐を感じています。

同期化力インバータの実験写真(広島大学)

やや堅苦しい話が続いてしまったので、少し話題を変えましょう。唐突ですが、私はスポーツとしての競馬が好きです(賭け事はしませんので観るだけですが)。競馬の魅力の一つは、世代交代を早い周期で目の当たりにすることができる点にあります。活躍した馬が引退し、種牡馬あるいは繁殖牝馬となり、その子供(産駒)が数年度には新馬としてレースデビューします。数年前まで現役であった馬の子供の活躍を目にすることができるため、新馬戦が始まるこの時期になるとわくわくします。ややマニアックな話になってしまいますが、この原稿を執筆している2020年6月時点で、デアリングタクト(牝、3歳)が63年ぶりの無敗(!)の牝馬二冠(桜花賞、オークス)を達成し、コントレイル(牡、3歳)が15年ぶりに無敗(!)の二冠馬(皐月賞、ダービー)になりました。デアリングタクトは新種牡馬エピファネイア(2015年引退)の初年度産駒であり、コントレイルは昨年2019年に亡くなったディープインパクト(有名ですので名前を聞いたことがあるのではないでしょうか)の産駒です。このようなドラマチックな年は滅多にあることではありませんが、世代交代を象徴している出来事のように感じています。

例えが上手くありませんでしたが、電気工学の世界でも技術や人材は世代交代を続けています。私が昔大学で学んだ内容と、今私が学生へ教えている内容も変化してきており、時代によって変わる社会のニーズに応じて、これからもその形を(より良い方向へ)変えていくのだと思います。工学を志す方は、学んだ知識を存分に活かし、前世代が残した課題を克服する技術を生み出す可能性を持っています。教育に携わる者として、新しい世代の活躍を今後目にすることができること、また、新しい世代が生み出す次世代の技術がどのようなものになるのか、今から楽しみです。また、電気工学に携わる者として、多くの方が工学を学び次世代のエンジニアになっていただければ、そして、電気工学をその対象として選択してもらえるのであれば、非常に嬉しく思います。


電気工学のヒトたち

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