vol.57 三菱重工業株式会社
2026年3月31日掲載
尾下さんは子どもの頃から宇宙飛行士になる夢を抱き、その夢を追い続けてきました。現在は三菱重工業株式会社(以下、三菱重工)に勤務し、JAXA内之浦宇宙空間観測所でのロケット打上げに関わる設備の現地責任者を務めています。尾下さんは今も宇宙へ行く夢を持って働いており、電気工学は、宇宙で活躍するための大きな強みであると語ります。宇宙分野にとどまらず、世界各地で発電プラントの建設工事責任者としての実績も持つ尾下さんにお話を伺いました。
プロフィール
- 2007年4月
- 熊本大学 工学部 情報電気電子工学科 入学
- 2011年3月
- 同上 卒
- 2011年4月
- 熊本大学大学院 自然科学研究科 博士前期課程 入学
- 2012年3月
- 同上 修了(1年短縮)
- 2012年4月
- 熊本大学大学院 自然科学研究科 博士後期課程 入学
- 2014年3月
- 同上 修了(1年短縮)
- 2014年4月
- 三菱重工業(株)入社
- 三菱日立パワーシステムズ(株) 横浜本社 エナジードメイン 横浜プラント建設部 工事計画課 配属
- 2020年4月
- エナジードメイン 長崎プラント建設部 工事計画課 異動
- 2023年4月
- エナジードメイン 長崎プラント建設部 建設課 チーム統括
- 2024年4月
- 防衛・宇宙セグメント 宇宙事業部 製造発射整備部 試験課 現在に至る。
※2026年1月現在。文章中の敬称は略させていただきました。
宇宙飛行士の夢をかなえるために電気工学へ
子どものころはどんな環境で育ちましたか。電気工学へ進むきっかけはありましたか。
尾下:両親とも理科の教師で、科学が身近にある家庭で育ちました。周りがゲームをしているときにお年玉で天体望遠鏡を買い、天体望遠鏡で撮った月の写真が家の階段に飾ってある家で、幼い頃から宇宙に強く惹かれていました。その関心や理科に親しんだ環境が、後に電気工学を学ぶ土台になったと思います。
高校時代も宇宙飛行士を意識して進路を考えていたのですか。
尾下:はい。当時は「宇宙飛行士になるには医者かパイロット」と言われていましたが、私は将来エンジニアの重要性が増すと考え、工学部を志望しました。機械か電気で迷いましたが、故郷の長崎には三菱重工や九州電力といった電力関連企業があり、電気分野の仕事が具体的に想像できたため、電気系の学科を選びました。

具体的に学科はどのように選び、電気工学を専攻するに至りましたか。
尾下:熊本大学の情報電気電子工学科に進学しました。情報・電気・電子の3つを学べる点が魅力で、当時のITブームも後押ししました。成績は情報分野の方が良かったですが、電気を深く学びたいという思いが強く、最終的に電気工学を専攻して電気工学の研究室に入りました。電気はどの産業でも不可欠で宇宙でも必ず役に立つと考えたからです。
パルスパワーの基礎現象解明と先進の医療応用に取り組む
熊本大学ではどちらの研究室に配属されたのですか。
尾下:秋山秀典先生の研究室です。パルスパワー分野の著名な研究室で、秋山先生は国際的にも高く評価されています。国際学会で先生に握手を求める列を見て驚いたこともあります。
秋山研究室ではどのような研究に取り組まれていましたか。
尾下:パルスパワーに関する現象の解明と応用に取り組んでいました。パルスパワーとは短時間で高電圧大電流を発生させる、いわば人工的な“雷”のようなものです。具体的な研究内容としては、家庭用コンセントのような低電圧から昇圧して電極間に瞬間的に高電圧(大電流)を印加し、その電極間に置いた試料(細胞や種子)への影響について研究していました。
パルスパワーを応用するとどのような良いことがあるのですか。
尾下:印加し続けると死んでしまうような高電圧でも極短時間であれば細胞にとって刺激(ストレス)となり細胞や種子の分化(細胞の性質や形態が変わること)や成長に影響を与えることがあります。私は骨芽細胞(※1)の活性化を狙った骨組織への刺激、さらにはパルス照射による細胞の分化制御に関する研究、体外衝撃波破砕術(尿管結石の非侵襲的治療※2)の高度化につながる応用研究も行っていました。
パルスパワーが医療応用に有効的とは驚きました。研究の成果はありましたか?
尾下:はい。医学部と共同で行った研究では、マウスの頭蓋骨に、パルスパワーを与えると骨芽細胞が活性化するというデータを得たこともあります。ただ、次第に応用よりも、現象の理解の面白さに惹かれ、基礎研究に比重を移しました。具体的には、パルスパワーを使用して水中で放電を行った際の衝撃波ならびに気泡の研究も行いました。これらの衝撃波や気泡の挙動を、ハイスピードカメラを用いての高速度撮影で初めてとらえ、後輩に手法を継承できた点は大きな成果でした。
研究で一番印象に残ったことはどのような事ですか。
尾下:ハイスピードカメラで現象を撮影したことも印象深いですが、研究の過程で飛び級が実現できたこともうれしかったです。学部4年で研究室に入り、修士1年・博士2年で約4年間研究に取り組み、国際学会での発表や論文を重ねる中で基礎研究や応用研究に関する理解を深めました。その結果、学内の飛び級制度を満たし、IEEE(※3)から表彰を受け、修士・博士課程ともに短縮して学位を取得できました。
飛び級を目指したのは何故でしょうか。
尾下:幼い頃からの夢である宇宙飛行士の選考要件を早く満たしたかったためです。留学や学術業績で早期に学位を取得すると実務年数の免除が得られ、最速で条件を満たせると考えていました。

秋山研究室での思い出はありますか。
尾下:国際学会での発表とその後の海外旅行が特に思い出深いです。学会参加はシカゴ、サンディエゴ、サンフランシスコ、オークランド、ニューヨークなどへ行きました。サンフランシスコでは、学会発表後に、自転車でヨセミテ国立公園へ行ったり、ゴールデンゲート・ブリッジを渡るなど、みんなで“ご褒美旅行”を楽しみました。もちろん、発表は真剣に行いましたよ(笑)。
(※1)骨芽細胞(こつがさいぼう)とは、骨の生成に関与する細胞の一種で、造骨細胞とも呼ばれる。
(※2)体外衝撃波破砕とは、尿管結石に体外で発生させた衝撃波を照射することで破砕して尿と一緒に排出する施術。
(※3)IEEE(The Institute of Electrical and Electronic Engineers)とは、アメリカに本部を持つ電気電子工学技術の学会。
発電プラントの建設責任者として世界中の電気を灯す
子どものころから宇宙飛行士を目指していたとのことですが、2014年に三菱重工に入社した理由を教えてください。
尾下:宇宙飛行士への夢を実現するために多くの方から助言を受け、その結果「宇宙で何をするかを明確にし、それに備えて電気分野で実務経験を積むことが現実的だ」と考えるようになりました。出身地の長崎に縁があり、発電プラント分野で実績のある三菱重工で電気に携わる仕事がしたく、一般採用で入社しました。
入社後はどのような仕事に関わりましたか。
尾下:発電プラントの建設を担当しました。初任配属となった横浜本社のプラント建設部・工事計画課を皮切りに様々な職場とプラント現場を経験しています。博士号を持っていますが、現場で手を動かして電気を作る仕事がしたくて建設業務に携わりました。
発電事業の具体的な内容を教えてください。
尾下:入社後10年間で国内外の新設工事を中心に携わり、関わったプラントの合計出力は約455万kW、約150万世帯分に相当します。担当現場はチリ、福島、三重、長崎、インドネシア、神奈川、兵庫と多岐にわたりました。
国内外の人々の暮らしに灯をともすお仕事ですね!現場では具体的にどのような業務をされていましたか。
尾下:クレーン選定や重機配置、資材の入荷タイミング、人員手配(溶接要員の確保など)といった綿密な事前計画を立て、関係各所と調整して建設を進めます。プロジェクトによっては数千人規模を動かすこともあり、大規模な人員・工程管理が求められます。
発電プラントのお仕事で印象深い出来事を教えてください。
尾下:三菱重工では入社1年目に論文発表の機会があり、その翌日にチリの現場へ行くよう命じられ、準備もままならないまま渡航したことが印象に残っています。到着直後には半世紀に一度の大雨で国内線が飛ばず、言葉も通じない中で奔走し、最終的には軍の支援を受けながら現場へ向かいました。チリでは英語が通じないため、スペイン語を一生懸命学び、帰国する頃には「ウノドストレス(スペイン語でワンツースリー)」が自然と口から出ていたのは良い思い出です。その後、努力が認められ、3年目で100万kW級の大型発電所の責任者に抜擢されました。

すごい経験をされましたね!そして2024年3月に宇宙事業部へ移動されました。
尾下:はい。数年前に宇宙飛行士選抜を受けましたが、不合格となりました。その経験が契機となり、宇宙事業部への異動を志願しました。
ロケット打上げに関わる現場責任者として

JAXA内之浦宇宙空間観測所は、太平洋に面する山の地形を利用して造成した台地に機能的に施設設備が配置された、世界でも珍しい特色のあるロケット発射場。
宇宙事業のお仕事を教えてください。
尾下:私が勤務するJAXA内之浦宇宙空間観測所について説明します。内之浦はロケット発射場で、科学衛星や観測ロケットの打上げ、追跡・管制・データ受信を行います。ここから打上げられるイプシロンロケットは、2006年に引退したM(ミュー)ロケットの技術を受け継いだ固体燃料ロケットで、低コスト・短時間準備・全自動運用を目指した小型科学衛星向けの機体です。

内之浦観測所の現地責任者として、社内外の方たちと打合せを行います。
尾下さんはどのような役割ですか。
尾下:JAXA内之浦宇宙空間観測所でのロケット発射場における三菱重工の現地責任者として、ロケット打上げに関わる設備の改修工事、保全、ロケット整備、打上げ支援などを幅広く担当しています。設備のLED化など小規模改修から、ロケット仕様変更に伴う設備更新まで対応します。打上げ時には現地責任者としてロケットメーカー等と折衝し、設備運用やスケジュール調整を行います。種子島でのH3打上げ効率化に向けた射場高度化や、Gateway(月周回有人拠点)の生命維持装置に関する試験、次期ロケットの開発といった取り組みにも関わっています。

打上げを手掛けているイプシロンロケットの発射装置と共に。
イプシロンロケットの打上げは経験されましたか。
尾下:いいえ。まだです。ただ、種子島宇宙センターで初めてH3ロケットの打上げを間近で見た衝撃は忘れられません。空気が割れるような振動と音に胸が打たれ、ぜひイプシロンの打上げを成功させたいと強く思いました。
学生時代に身につけた知識や経験は現場でどう活きていますか。
尾下:研究で得た専門知識がそのまま役立つ場面もありました。例えば電気集塵機(EP)の放電に関する知見は発電プラントの設備理解に直結しました。しかし、それ以上に大きな効用は「目に見えないものを扱う感覚」と「安全を最優先にする姿勢」です。研究室で事故寸前の経験をしたことや、教授に教わった「電気の気持ちになる」という言葉は、安全管理やリスク予測に生きています。加えて、機械系の比重が大きい現場でも電気の基礎知識があることで議論や調整が円滑になり、トラブル対応で貢献できます。これらは発電所でもロケット発射場でも本質的に変わりません。
「もっと電気の気持ちになって考えてください!」
今後はどのような仕事に携わりたいですか。
尾下:宇宙事業部ではまだ駆け出しの段階なので、まずは幅広く学びを吸収し、多くの方と協働して経験を積みたいと考えています。具体的には、次期基幹ロケットの開発やGateway関連の業務を継続して担当し、私がいる間に運用まで到達させることが目標です。最終的には宇宙に発電所を設置し、宇宙で電力を供給する仕事に携わりたいです。
電気工学を学んでいる学生の皆さんにメッセージをお願いします。
尾下:発電プラントを人体にたとえると、電気・計装は神経、配管は血管、中央操作室は脳に相当します。直接電気に触れない職務でも、電気や計装を理解していると設備の仕組みの把握や故障対応力が格段に高まります。不具合時には制御(=電気)が鍵を握ることが多いからです。また、電気の強みは「潰しが利く」点にあります。ほとんどの設備に電気・計装が不可欠なため、電気の知識があれば職域を横断して活躍できます。新しいことに挑戦する際も、電気工学は実現を後押ししてくれます。

なるほど。日々の学びや姿勢で特に大切にしてほしいことは何ですか。
尾下:秋山先生の言葉を借りると、もっと「電気の気持ち」になってください。目に見えない現象や人の気持ちを可視化・計測・制御する発想は、技術課題の解決やチーム運営に効きます。回路を書いて可視化する、柔軟に発想する、相手(機器や人)の立場に立って考える。そうした姿勢が力になります。電気を学んでおけば、やりたいことが変わっても道は開けるはずです。
本日は貴重なお話をありがとうございました。宇宙で電気を作るという夢が実現されることを期待しています。今後ますますのご活躍をお祈りします。
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