学際性,国際性を有する博士人材育成を目指して

2015年9月30日掲載

菊池 祐介

兵庫県立大学 大学院 工学研究科 電気物性工学専攻 准教授

2004年3月
名古屋大学 大学院 工学研究科 博士後期課程修了
2004年4月
日本学術振興会海外特別研究員(ドイツ・ユーリッヒ研究機構プラズマ物理研究所)
2006年3月
兵庫県立大学 大学院 工学研究科 電気系工学専攻 助手
2007年3月
同大学 助教(職名変更)
2010年4月
同大学 准教授

主にプラズマ理工学の研究開発に従事(核融合プラズマ、大気圧プラズマを用いた表面改質・成膜・滅菌技術開発、インバータサージ絶縁に関する研究等)

【はじめに】

皆さんは「博士」と聞いて何を思い浮かべますか?子供たちに聞けば、アニメに登場する○○博士でしょうか。ぼさぼさの髪で白衣を着たおじいさんのイメージかもしれません。なお、小学生に将来就きたい職業を聞いたアンケートでは、研究者・学者が上位に入っているようですから、良い印象を持ってもらえているようです。

さて、研究者になるには、通常、大学院に進学し、博士課程で博士号を取得することになります。よって、研究者=博士人材とも言えます。これからの電気工学分野を担う若い皆さん(このコラムでは高校生や大学学部生を念頭に置きます)に考えていただければということで、電気工学における博士人材のあり方や今後の育成について、自身の経験を基にしながら紹介したいと思います

【学際性・国際性とは】

博士号を取得し、研究者になるには、自分の専門分野を深く掘り下げ、高い専門性を身につける必要があります。これはいつの時代でも変わらず、最も重要なことであろうと思います。一方、最近の電気工学分野では、関連分野との連携・融合が必要とされています。パワーアカデミーでは若い皆さんに分かりやすいように、「パワーアカデミー技術展開図」を作成しており、電気工学分野の裾野の広さと社会に与える影響が分かりますので一度ご覧ください。例えば、この研究者コラムのバックナンバーでもとりあげられている「スマートグリッド」では、情報・制御工学分野と深く関係しています。このように、いくつかの異なる学問分野にまたがっていることを「学際性」と呼びます。これからの研究者には高い専門性とともに、学際性が強く求められます。

また、あらためて述べる必要はないかもしれませんが、これからの研究者には「国際性」も大変重要です。人類全体におけるグローバルな課題を解決するには、国際性は欠かせません。これは単に語学力という意味だけではなく、例えば異なる文化、宗教を持つ人々の考えを理解する等、「多様性」が求められます。なお、「学際性」、「国際性」、「多様性」は私の学生時代の恩師がいつも使われているキーワードです。

ここで、私自身が取り組んでいる研究分野を学際性、国際性の例として紹介します(図1)。次世代発電技術として期待される核融合エネルギー研究開発においては、国際熱核融合炉実験炉(ITER)計画がフランスのサン・ポール・レ・デュランスにて国際協力(7極:日本、欧州、米国、ロシア、韓国、中国、インド)で推進されています。2020年頃に運転を開始し、約20年間実験が行われる壮大な国際プロジェクトです。そのため、核融合エネルギー研究開発においては以前から国際共同研究が必然的に行われています。核融合エネルギー研究開発では、核融合反応を発生させる高温・高密度プラズマを生成・維持するプラズマ物理に関する研究が長年行われてきました。しかし、核融合発電を実現するには様々な分野との融合が必要です。例えば、プラズマは磁力線で閉じ込めますが、定常的な磁場を作るためには超伝導コイル開発が必要です。また、高温のプラズマを取り囲む壁には高い耐熱性能が求められますし、保守・交換用のロボット技術も必要です。このように、核融合エネルギー研究開発に携わる研究者には学際性が求められます。ITERの運転が本格化する10-20年後に第一線で活躍する研究者は今の高校生や大学生の世代ですので、皆さんにチャレンジしてもらいたいと思います。

図1 自身が取り組むプラズマ・放電研究(学際性の例として)

【海外での研究経験-国際性を身につける-】

最近は海外に留学する日本人が減少傾向にあるというニュースを目にすることが皆さんもあると思います。私は博士取得後、日本学術振興会の海外特別研究員という制度を利用して、2年間、ドイツにてポスドク研究員として研究滞在する機会を得ました。私の場合、大学院生の頃、研究室の先輩方の多くが博士取得後に海外でポスドク研究員としてご活躍されていたこと、研究室に長期滞在される外国人研究者がいたこともあり、ハードルが低かった(低く見えた)のかもしれません。

私が滞在した研究所はユーリッヒ研究機構という研究所の集合体で、その中のプラズマ物理研究所というところです(写真1)。この研究所にはTEXTORというトカマク型と呼ばれる核融合プラズマ実験装置があり、私が博士論文で取り組んだ研究課題がプロジェクト研究としてまさにスタートしたところでした。研究所はテーマ毎にグループがあり、私はK.H. Finken博士のグループ(写真2)に所属しました。TEXTOR装置はドイツ・オランダ・ベルギーの研究所が一体となって運営しており、全体ミーティングは英語で行われます。ドイツ人の仕事ぶりは日本人と異なり、夕方5時にはほとんどの人が帰宅します。金曜日はランチ後には帰宅してしまいますし、土日はもちろん休みです。夏休みも長く、3-4週間休暇をとる人もいます。これで研究成果はきちんと出すのですから、仕事の効率の良さについては見習うところが多いと思います。おそらくそれは仕事の役割分担とそれぞれが平等に評価される社会だからなのだと思いますが、日本ですぐに実現することは難しいでしょう。また、日本人は本音をあまり言わないという印象を持っておられるようで、お叱りを受けたこともあります。主張すべきところは主張するという点は国際共同研究の場で日本人に不足しているところのようです。ところで、同じグループに博士課程の学生がいましたが、彼の博士論文公聴会に出席する機会がありました。日本では博士論文の内容に関する専門的な質疑応答がありますが、ドイツでは一般的な物理に関する質問も多くなされ、日本との違いを感じました。博士人材として持っていて欲しい知識が問われていたのだと思います。

写真1 プラズマ物理研究所(ドイツ・ユーリッヒ)の玄関

写真2 K.H. Finken博士グループメンバー(2006年3月撮影)

さて、ユーリッヒは小さな街ですが、車で30-40分行くと、ケルンやデュッセルドルフといった大きな街があります。ドイツといえばビールですが、各地に地ビール的なものがあり、私はケルンのケルシュというビールがお気に入りでした(ドイツの白ワインも美味しいです)。また、オランダやベルギー国境とも近く、休日にはいろいろなところに出かけることができました。国際会議等で1週間程度出張する機会は多くありますが、1-2年の長期滞在はまた別の面白さと苦労があると思います。海外で暮らす=国際性が身に付く、では決してありませんが、皆さんもチャンスがあれば是非海外へ行ってみてください。

【新しい研究課題-学際性を実践する-】

写真3 2015年に日本で数年ぶりに再会したK.H. Finken博士

日本に帰国後、どのような研究課題に取り組むかを考えて行く必要がありました。これは自分の興味だけでなく、自分の置かれた立場等によっても変わってきます。プラズマ理工学をベースにしながら、少しずつ新しい研究課題に着手しています。例えば、核融合プラズマ研究で取り組んできたプラズマ・材料相互作用の研究は、プラズマを用いた材料表面改質や薄膜形成技術に応用することができます。また、核融合プラズマ実験装置では高電圧機器を扱いますので、絶縁技術分野にも関係していますし、プラズマを用いた滅菌・殺菌技術は医療・バイオ分野との学際的な研究です。こういった研究を産学連携で取り組むことにより、民間企業の研究開発動向や考え方の違い等を知ることができ、以前に比べて視野を広げることができつつあります。学際性を実践することは簡単なことではないと思いますが、今後も進めていきたいと思っています。なお、帰国してから10年ほど経過しましたが、K.H. Finken博士が日本に滞在された際に再会する機会がありました(写真3)。ここ最近の仕事の様子をお話することができ、大変良い機会でした。

【おわりに】

先日、フランスで開催された国際会議に出席した際に、学生向けのチュートリアル講演がありました。そこにはアジアからの大学院生が多く出席しており、積極的に質問している様子が印象的でした。国際性は国際協力だけでなく、国際的な競争を勝ち抜くという意味もあります。そのため、グローバルな技術的課題に取り組む優秀な博士人材の育成が大変重要になると思います。電気工学分野では、大学院生の多くが、修士課程修了後、産業界に就職していきます。博士課程に進学することは、就職の面でリスクを負うと考えられていることが大きな理由と思われます。

学際性、国際性を有する博士人材を数多く輩出するには、産学連携で雇用構造を変えていく必要があるでしょう。博士課程の学生も、進路として一つの分野にこだわりすぎず、自分の専門分野やスキルを活かせる新しい世界を見つける多様性も求められます。

本コラムでは個人的見解ではありますが、博士人材の魅力と厳しさの両面を述べました。皆さんが電気工学分野を選択し、次世代をリードする博士人材になっていただければ幸いです。


電気工学のヒトたち