燃料電池の評価技術を確立し民間企業の需要に応えたい/大分大学 後藤 雄治 准教授

2020年5月掲載

代表研究者大分大学 後藤 雄治 准教授
共同研究者
  • 北九州市立大学 泉 政明 教授
  • 東京大学大学院 奈良 高明 教授

※上記肩書きは、インタビュー時のものです

ニーズは高いものの、利益につながりにくいということで、民間企業が参入しにくい分野の研究に、研究機関としての使命感のもとで取り組んでいらっしゃいます。既にいくつかの企業から共同研究の問い合わせがあるなど、手応えは十分だそうです。

公的機関である大学だからこそ取り組む

Q.「パワーアカデミー研究助成」に応募したきっかけをお教え下さい。

大分大学 後藤 雄治 准教授

次世代の電気自動車やエネファームの愛称で知られる家庭用電源として期待されているのが、固体高分子形の燃料電池です。起動速度が早く、比較的低温で発電が行える点が特徴で、発電効率の向上や構造の改善等における研究開発は、民間企業を中心に多くの研究機関で実施されています。
しかし、燃料電池の評価技術となると、クリアするべき課題が多い割に、利益につながりにくい側面があるため、民間企業における研究開発は積極的には実施されていません。実際、学会発表や展示会で出展すると民間企業から高い関心が寄せられるのですが、共同研究を持ちかけても、なかなか実現しないのが現状です。そこで公的機関である大学がやり遂げるべきだと考え、研究開発を進めてきました。「パワーアカデミー研究助成」に応募を決めたのは、現段階で実用化も間近なこの研究に一段と拍車をかけたいという思いからです。パワーアカデミーという名前も、燃料電池の研究にふさわしいと感じました。
また、この燃料電池の評価手法は、技術が確立すれば、民間企業での需要は高いため、今回の採択やその成果をきっかけに民間企業への技術アピールも行えると考えています。幸い、今回の採択をきっかけに、「共同研究をしてもいい」と連絡をくださった企業も数社あります。

固体高分子形燃料電池内部の発電電流分布を測定

Q.研究内容をお教え下さい。

固体高分子形燃料電池は、長時間使用し続けると電池内部の高分子電解質と触媒電極を一体型としたMEA (膜電極接合体:Membrane Electrode Assembly) 内で劣化が進行し、MEA内の発電電流分布に偏りが生じる結果、発電効率が低下することが問題となっています。そのため燃料電池の発電効率の評価のために、MEA内での発電電流分布をリアルタイムで監視できる技術が求められています。しかし、MEAは燃料電池内の中央部に位置するため、電流プローブ等を挿入する等の接触による測定は困難です。
一方、固体高分子形燃料電池は発電を開始すると、電池の周囲に、発電に見合った微弱な静磁界が生じます。そこで、この発電によって燃料電池周囲に発生する微小な空間磁界を測定し、その磁界分布に合うように燃料電池内のMEAでの発電電流分布を計算で求めるといった非接触評価法の提案を行いました。
この技術が確立すれば、既に設置されている燃料電池装置の稼動を止めることなく、安価な磁界測定装置のみで瞬時に燃料電池のMEA内での発電状況が評価できることになります。

さらなる精度向上と時間短縮に挑む

Q.現在までの研究成果と今後の展開についてお教え下さい。

大分大学 後藤 雄治 准教授

固体高分子形燃料電池の周囲に生じる磁界は、地磁気程度の微小磁界なため、GPS付き携帯電話等に搭載されている高感度磁界センサ(MIセンサ)を複数個使用して計測するシステムを開発しました。その結果、燃料電池内に微小な非発電領域が存在したり、発電分布に偏りがあったりした場合、燃料電池の周囲磁界も、それ相応の乱れが生じることがわかりました。
本研究では、燃料電池のMEA内に人工的に非発電領域を10mm2角の範囲で作製し、その非発電領域が燃料電池の周囲に分布する磁界から推定できる逆問題解析法の開発を行いました。その結果、MEAの真ん中に非発電領域が存在する場合は推定精度が低下しますが、おおよその位置や領域形状が推定できるようになってきました。
また、以前は非発電領域の推定には大型コンピューターを使用して1週間も計算を続けないと求められなかったのですが、本研究で開発したアルゴリズムを使用することで、ノート型パソコン程度の計算機でも1分ほどの計算時間で位置や領域の推定が行えるようになりました。
現在はMEA内の非発電領域の分解能は2 mm2程度での推定が可能になりましたが、実現場で要求されている発電電流の分解能は1mm2程度であるため、もう少し細かく推定できることが今後の研究課題となります。また、計算時間のさらなる短縮化も課題です。

教科書を鵜呑みにせず、自分で試す姿勢を大切に

Q.最後にひとことお願いします。

大分大学 後藤 雄治 准教授

理工学系で実施されている研究内容の多くは応用研究分野であり、この分野で研究を行っている誰もが研究内容を社会や産業界で実用化させたいという気持ちを持っています。しかし、大学や研究機関で研究を行っていると、その研究内容が具体的に実現場にどの程度展開できるかについて、あまり理解できないことがあります。大学や研究機関で芽生えている基礎研究や開発技術を実現場で実用化させるにはその橋渡しが重要となるので、ぜひその役割をパワーアカデミーで担って欲しいと感じています。また、働きながらドクターを目指す社会人のための支援も拡充していただけると嬉しく思います。
以前、ノーベル物理学賞等を受賞した方々の講演会で、「ノーベル賞を受賞するほどの独創的な研究を行うにはどうすればよいのですか?」との質問に対して複数の受賞者が独創性は模倣から生まれる」と答えていたことが印象に残っています。例え教科書に載っているような基本的な物理現象でも、それを鵜呑みにせず「これはどういうことなのだろうか?」「本当にこのような現象が起こるのだろうか?」と興味を持ち、実際に自分で試してみると、そこから新たな発見がある場合が多いとのことでした。
電気工学も広い意味で物理現象の中の現象です。今回、私が取組んだ研究内容も、「導線に電流を流すと、その周りに磁界が生じる」といった中学校の理科で習う分野が出発点になっています。
電気工学を学んでいる皆さんには、教科書に書かれている物理現象をただ暗記するのではなく、その現象はどういったことなのか、そして、本当にそのような現象が起こるのか自分で試してみて、疑問に感じた現象や興味を持った物事についてとことん追究していただきたいと思います。


電気工学の未来