夢の超電導電力貯蔵装置の実現へ向けて。小型・高性能な高温超電導マグネットの開発に成功/岡山大学 金 錫範 教授

2017年5月掲載

代表者 岡山大学 金 錫範 教授
共同研究者 早稲田大学 石山 敦士 教授、東北大学 津田 理 教授
北海道大学 野口 聡 准教授、大阪大学 植田 浩史 特任助教 

※肩書きは採択時のものです。

超伝導体を用いて電気機器を製作すると、一般的な銅線などに比べてエネルギー損失がほとんどゼロで大電流を流すことができ、高性能化・小型化が可能となります。しかし、こうした超伝導応用機器の研究・開発においては、超伝導体の低温特性や完全反磁性などの特殊な現象を乗り越える必要があるため、電気工学のみならず低温工学や真空技術、電磁気的・熱的特性を考慮した計算などさまざまな分野の知識を集約しなければなりません。今回は、新たな手法による超伝導電力貯蔵(HTS-SMES)装置の開発・研究のため、岡山大学の金教授をはじめ、さまざまな分野の専門家が集まりました。

電気工学だけでなく、さまざまな分野と連携して応募する

Q.「パワーアカデミー研究助成」に応募したきっかけをお教え下さい。

岡山大学 金 錫範 教授

超伝導電力貯蔵装置をはじめとするほとんど全ての超伝導マグネットは、巻線である超伝導線材に電気的絶縁を施してコイルを製作します。しかし、応募した研究では、線材間の電気的絶縁を排除した新しい手法による超伝導電力貯蔵装置の開発を目的としているので、解決すべき問題が多くあり、一人の力で開発するのは非常に困難です。そこで、超伝導工学関連の実験や数値解析分野において優れた知識と業績を有している専門家である石山先生、津田先生、野口先生および植田先生と力を合わせて、提案する研究を成功させるために「パワーアカデミー研究助成」の中でも最も権威がある特別推進研究の応募に至りました。

高温超伝導電力貯蔵装置のための新型・超伝導マグネット開発

Q.研究内容をお教え下さい。

再生可能エネルギー発電は、時間帯や季節によって発電量が大きく変動するため、電力系統安定化には大容量の蓄電池の投入が必要ですが、もっとも最適な蓄電方法は、超伝導電力貯蔵(SMES)装置だと考えています。

SMESは、超伝導の電気抵抗がゼロという特性を活かして、電気を直接超伝導コイルに磁気エネルギーとして貯蔵するものです。1980年代に実用化研究が開始され、高温超伝導電力貯蔵(HTS-SMES)装置の開発が進みましたが、熱的・機械的問題で大容量化に至ってないのが現状でした。(※1)

そこで、本研究では、熱的・機械的な過渡安定性が高く、充電時間も短縮できるHTS-SMES用マグネットの開発を行いました。この研究では超伝導マグネット製作時に行われる電気絶縁を排除した新しい方法である無絶縁または部分絶縁巻線方式を提案して、その有効性と可能性について実験的に検討しました。また、実際に電流が流れる有効ターン数(インダクタンス※2)を自由に制御できる方法を開発すると同時に、このような無絶縁方式の超伝導マグネットを設計・評価できる新しい数値解析手法についても開発研究を行っています。

(※1)1987年、アメリカにおいて90K(約-183℃)の超電導体が発見された。詳しくは高校理科と電気工学「化学がサポートする電気工学①」を参照ください。

(※2)インダクタンスとは、コイルを流れる電流の変化に対して、発生する電圧の割合を表す量。

SMES用に加えて、医療用やNMR用にも応用可能なマグネットへ

Q.現在までの研究成果と今後の展開についてお教えください。

岡山大学 金 錫範 教授

本研究では、HTS-SMES用のマグネットとして電気絶縁を排除した無絶縁高温超伝導マグネットを提案して、超伝導マグネットの実用化の障害であった過渡安定性を大幅に向上させると同時に、提案する無絶縁高温超伝導マグネットの有効ターン数(インダクタンス)を制御させる方法の開発に成功しました。 また、充電時に起きる励磁遅れ現象(※3)について実験と数値解析の両面から検討し、その対策方法についても提案できるといった、さまざまな成果を上げました。

これらの成果から、私たちが目標とする熱的・機械的安定性が高く電流が流れるターン数を自由に制御できる小型で高性能の高温超伝導マグネットの開発が可能であることを示しました。さらに、超伝導特性と電気的接触抵抗などが全て考慮できる電気回路法に基づく新しい数値解析手法も開発できましたので、今後はSMES用のマグネットのみならず医療用のMRI用超伝導マグネットや研究用のNMR用(※4)超伝導マグネットに拡大適用させていきたいと考えています。

(※3)励磁電流(れいじでんりゅう)とは、磁界を発生させるための電流
(※4)NMR(核磁気共鳴)。主に分子構造を解析する装置に用いられる。

「こんなところにも!」電気工学はあらゆるところに使われている

Q.最後にひとことお願いします。

大学の「電気工学」は人気がないと言われて久しいですが、最近は就職では有利であることが認識されつつあるようです。しかし、社会の基盤としての電気工学が若者にどれほど認知されているか、心許ないところもあります。学生のみなさんは、「電気」と言われれば、エネルギーで消費するものと思っているかもしれません。しかし、「電気工学」と言うと、学問としての守備範囲はもっと広いものです。かつては電力・電気機器、いわゆる「重電」が中心でしたが、近年は環境エネルギー、自動車、医療機器、AIなど異分野と連携する形で裾野がどんどん広がっています。実は、こんなところにも電気工学が使われている、というものがほとんどです。電気工学は裾野の広さが魅力です。学生のみなさんの新しい発想が「電気工学」と結びついて、新しい応用、産業を生みだすことを期待します。

岡山大学 金 錫範 教授

2017年3月15日に開催された研究助成・成果報告会の様子。


電気工学の未来