第2回 パワーエレクトロニクスとボランチ
サッカーと電力の舵を取れ!
2008年10月掲載
まだ記憶に新しい北京オリンピック。今回も日本人選手の活躍は国民に大きな感動を与えてくれました。特に活躍が目立ったのは女子選手です。その中でも、惜しくもメダルはなりませんでしたが、サッカー女子日本代表"なでしこJAPAN"の世界4位は快挙と言っていい出来事でした。
現代サッカーの舵取り役"ボランチ"
北京オリンピックでの女子サッカー日本代表の躍進の要因として、これまで攻撃的MFだった、エース・澤穂希選手を、ボランチと言われる守備的MFにコンバートしたことが挙げられています。ボランチのポジションでプレーした澤選手は、相手の攻撃の起点を次々と潰して攻守にわたり大活躍。日本のベスト4進出に大きく貢献しました。
ボランチとは、ポルトガル語で「ハンドル」や「舵」などを意味します。その名の通り、サッカーの試合において攻守の要となる重要なポジションです。
ボランチの選手にとって一番大切な仕事は、「攻守にわたってチームのバランスをとること」と言われています。つまり「攻撃に転じたときの方向づけの役目」「ディフェンスへ転じたときの方向づけの役目」を担う役割です。
攻撃に転じたときは、ボランチはボールを持って、前線やサイドの選手にパスを出したり、あるいは自らドリブルで相手陣内にボールを運んでいきます。一瞬で敵・味方の状況を把握し、次のプレーをハンドリングする役目です。当然、広い視野と戦術眼が必要で、技術も高く身体能力の強い選手でなければ務まりません。
一方、守備になった場面は、ディフェンスラインの少し前に位置し、中核的な役割をします。相手の選手にプレッシャーをかけて攻撃の方向を限定させていき、ディフェンスラインの組織作りの助けを行い、各プレーヤーへ指示する役割も果たします。
近年のサッカーでは、ボランチがゲットしたボールを中盤の底からスルーパスをつなぐことで攻撃の起点としています。過去にも現在にも、ブラジルのドゥンガ、イタリアのアンドレア・ピルロなど、強豪国には必ず高い能力を持つボランチの選手がいます。スペースを360度使える高い判断能力と身体能力を駆使して「攻守の切り替えを行い、試合をコンロールする」、それがボランチなのです。
電力を変換し、制御する技術"パワーエレクトロニクス"
電気工学の世界でも、いわばボランチのように、電力の舵取り的な役割を担う重要な技術があります。それが"パワーエレクトロニクス"です。
パワーエレクトロニクスとは、サイリスタ(スイッチング機能をもつ半導体素子)などを利用した、電力の変換・制御を行う技術のことを指します。
「電力を変換し、制御する技術」とは、少し分かりにくいと思うので噛み砕いて説明しましょう。皆さんがご存知のとおり、電気には「直流」と「交流」という2つの形態(カタチ)があります。電流の向きが一方向なのが直流で、電流の向きが交互に変わるのが交流です。
私たちの家庭では100V、50Hz(東日本)または60Hz(西日本)の「交流」の電気が使用されています。「交流」を使用する最も大きな理由は、直流よりも交流の方が簡単に変圧(電圧を変えること)できるからです。送電線に電流が流れると、送電線自体の抵抗により送電損失、電圧降下等が生じるため高い電圧で送電していますが、家庭等で使用するには低い電圧にする(変圧する)必要があるからです。ところが、電子機器の回路のほとんどは直流で動作しています。例えば、皆さんが使用しているノートPCの駆動には「直流」が使われています。
そのため、家庭のコンセントからノートPCに電力を供給するには、AC/DCアダプタによって電気を「交流」から「直流」に変換する必要があります。そして、ノートPC内部でも、さまざまな直流電圧に変換、制御(目的の状態にするために適当な操作・調整をすること)して回路を動作させます。
このように、電気機器等を使用するには、電気の形態を変える必要があるため、変換・制御技術は欠かせません。また、電力の省エネ化、高効率化などへ適用することができ、経済性や利便性の向上につながる重要な役目を担っています。
様々な用途にあわせた、電力変換
電力の変換には、交流から直流(直流から交流)だけでなく、電圧・電流の大きさ、周波数の変換などがあります。それらは、全て様々な用途にあわせて用いられます。サッカーにおけるボランチのポジションが、戦術によって1ボランチ~3ボランチへと変わるように、パワーエレクロニクスによる電力の変換方式も様々な形態があります。
パワーエレクロニクスによる代表的な変換方式は、
- 交流の周波数を別の周波数に変換する:周波数変換装置
- 直流を交流に変換する:インバータ
- 直流を変化させる:直流チョッパ、スイッチング電源
- 交流を直流にする:整流装置
以上のようなものがあります。これらの技術は、私達の日常の様々な用途にあわせて用いられています。
身近なパワーエレクトロニクス
それでは、様々な変換装置を駆使した、私達の身近なパワーエレクトロニクス技術を紹介していきましょう。
電力系統 ~周波数変換装置~
電力におけるパワーエレクトロニクス技術は、現代社会を支える基盤となっています。代表的な一例として、"周波数変換所"をご紹介しましょう。
日本の商用周波数は、富士川以東の50Hz系と、それ以西の60Hz系に分かれています。そのため、50Hz系と60Hz系間で電力の融通を行うには、周波数を変換する装置(周波数変換装置)が必要になります。
ちなみに、北海道-本州間の送電には、交流を直流に変換して送電する「直流送電」が採用されています。
身近なパワーエレクトロニクス(続き)
エアコン、洗濯機、照明器具、そして新幹線 ~インバータ~
インバータは、交流電動機が使用されている製品などに用いられています。電動機とは、一般に「モータ」や「電気モータ」と呼ばれ、電気エネルギーを機械エネルギーに変換する電力機器です。インバータは、直流から任意の周波数をつくり出すことで、交流電動機の回転速度を自由に制御することができるのです。例えば、以下のような使われ方をされています。
エアコン
ルームエアコンは、温度コントロールをコンプレッサ(空気圧縮機)の回転数の制御で行っています。そこで、固定された周波数(50/60Hz)の交流を一度直流に変換した後、インバータを使って任意の周波数の交流をつくり出すことで、コンプレッサの回転数を自在に変えることが出来ます。これが優れた温度調節を可能にするインバータエアコンです。
洗濯機
洗濯機も洗濯槽(脱水槽)の制御にインバータを使い、洗浄時や脱水時はパワー全開で回したり、洗濯物の量が少ないときはパワーを絞って省エネにしたり、状況に応じた最適な制御を行います。衣類の種類や汚れなど、きめこまやかな制御も可能です。
照明器具
蛍光ランプは放電現象を利用した光源ですが、ランプを点灯させたり、点灯を持続させるためには安定器が必要です。インバータ方式は、従来の安定器のかわりに電子部品によるインバータ回路を用いて、電源の周波数を数十kHzの高周波に変換して蛍光ランプを点灯させます。これにより、発光効率を改善し、損失を少なくすることができ、省エネルギーに貢献します。
新幹線
日本国内の電車には直流電動機で駆動する直流電車と、交流電動機で駆動する交流電車があります。新幹線などは交流電車であり、その速度制御には、交流電動機に加わる周波数を変化させるインバータ方式が使用されています。
電車の制御 ~直流チョッパ方式~
直流電車は、路面電車、地下鉄、近郊電車などが挙げられます。直流電車の速度制御には、直流電動機に加わる直流電力を変化させる直流チョッパ方式という技術が使用されています。
その他(電子機器、自動車)
私達の身の回りには、コードレスの電子機器が溢れています。コードレス電話、携帯電話、ノートPC、ポータブル機器など、数えればキリがありません。これらの製品の共通点は、電源にバッテリーを使用していることです。バッテリーからは直流が供給されますが、バッテリーの電圧が下がると回路の誤動作が起きたりするので、それを防ぐ回路が設けてあります。
コンセントにつないで交流を利用する電子機器でも、交流を直流に変換した後、安定した電圧の直流を得るための安定化回路が組み込まれています(リニア方式とスイッチング方式があります)。
また、自動車にもエンジン系、駆動系、ボディ系、電装系などに、たくさんの電力用半導体素子が使用されており、パワーエレクトロニクスの技術が活かされています。
電力の舵取り役 "パワーエレクトロニクス"
これまで見てきたように、パワーエレクトロニクスの技術は、電力の輸送・変換・制御・供給のすべてに関わり、家庭用電気製品から、電車、自動車、大規模な通信システムや工場の電源装置、発電所や変電所の電力設備まで、その応用範囲は幅広いものがあります。
また、今後のパワーエレクトロニクスの技術として大きく注目されているのが、環境への貢献です。"電力の変換・制御"は、省エネルギーやCO2削減のキーテクノロジー。今後ますます増大する電気エネルギーの効率的利用に、さらなる進化が期待されています。
電力を変換して制御するということが、いかに重要な技術か少しはお分かり頂けたでしょうか?サッカーのボランチが、瞬時に状況判断をして攻守の切り替えを行い、勝利に貢献するように、パワーエレクロニクス技術は、用途にあわせて、瞬時に最適な電力に変換し、制御(コントロール)する、まさに舵取り役なのです。
Q. FWから見たボランチとは?
FWから見て、ボランチの選手が凄いと思うのは、90分を通して走りきる体力、そして常に周りを見て最適な判断が出来る能力を持っていることです。私自身、ボランチは攻守の起点となるポジションなので、フィールドプレーヤーの中でも一番信頼しています。実際、試合の終盤に差し掛かると体力的にも消耗しているため、ボールを相手に取られた時など、私の代わりにディフェンスをしてくれて、いつも試合中に助けられています。頼りになるポジション、これに尽きますね! ちなみに私が優秀だと思うボランチの選手は、FC東京の羽生直剛選手です。ピッチを縦横無尽に走り回り、常にボールに絡んでいて、非常に優れたプレーヤーだと思います。