電気の施設訪問レポート vol.26

「沖縄県海洋温度差発電実証試験設備」を訪問しました

「沖縄県海洋温度差発電実証試験設備」を訪問しました

2019年12月、パワーアカデミー事務局は、沖縄県・久米島町にある「沖縄県海洋温度差発電実証試験設備」を訪問しました。同施設は、太陽からの熱で温められた表層水と深海の冷たい海洋深層水(深層水)との温度差を、タービン発電機によって電力に変換する、再生可能エネルギーによる発電の実証実験設備です。沖縄県の事業として2012年度に建設され、発電に利用された表層水・深層水を漁業などに再利用する「発電後海水の高度複合利用」の実験も並行して行われてきました。この意欲的な試みの仕組みや意義について、詳しくお伝えいたします。

日本唯一の海洋温度差発電の設備

沖縄本島から南西に約100km。島全体が県立自然公園に指定されているのが、久米島です。海洋温度差発電の実証実験は、この美しい島で2013年より進められてきました。

海洋温度差発電とは、文字通り海水の温度差を利用してタービンを回し、発電するというものです。その歴史は意外に古く、1881年にフランスで提唱されたのが始まりとされています。近年では再生可能エネルギーへの期待が高まったことで実用化に向けた気運が世界各地で高まり、2010年代に入って商用化に向けた検討が再開されました。

その日本での唯一の実証実験設備が久米島の「沖縄県海洋温度差発電実証試験設備」(OTEC)で、現在の発電出力は100kW。これは一般的な家庭で約250世帯が利用する電力に相当します。

天候に左右されない自然エネルギー

「沖縄県海洋温度差発電実証試験設備」での海洋温度差発電の仕組みは次の通りです。

沖縄諸島最西端の島である久米島は亜熱帯性気候の暖かい島であり、海水は太陽で23℃~30℃に温められています。しかし、水深200mを過ぎると太陽の光は届かなくなり、水温も上がりません。「沖縄県海洋温度差発電実証試験設備」では、この久米島の2.3㎞沖の水深612mの海中からくみ上げられた海水を使っています。

くみ上げられた冷たい海洋深層水はタンクに貯められ、温かい表層水との温度差を利用して、タービンを回します。その際、タービンを回す作動流体として沸点の低い代替フロンが使われています。

海洋温度差発電の最大のメリットは、発電出力が安定している点です。

太陽光発電や風力発電は、言うまでもなく天候に大きく左右されます。しかし、表層水も深層水も水温が急激に変化することがないため、季節を問わず安定した発電出力が得られ、風力発電のように台風による被害を心配することもありません。

"南国"のイメージの久米島ですが、2016年に39年ぶりに「みぞれ」が降りました。こうした天候の変化に対しても、表層水温および深層水温は大きく変化しないため、海洋温度差発電は常に安定した発電を行えるというわけです。

海水温の変化が安定しているので発電出力も安定している。また、発電出力の予測がつきやすく、設備利用率が高い

2013年のスタート以来、実証実験は順調に進み、2018年度末に沖縄県としてのすべての試験項目を完了しました。国内外からの見学者も1万人を突破するなど、大きな期待を集めています。

これまで「沖縄県海洋温度差発電実証試験設備」が実証実験として行ってきた主な研究内容は以下の通りです。

  • 発電利用実証試験
    天候、気候、海水温の変化に伴う発電量等を計測するとともに、安定した出力が得られる海洋温度差発電技術に関する実証試験を行っています。
  • 海洋温度差発電システムの確立
    将来の海洋温度差発電設備の実用化に向けて、発電に係る費用の低減、洋上型海洋温度差発電設備の設置の可能性を検討しています。
  • 海洋深層水の複合的利用システムの検討
    海洋温度差発電に利用した後の海洋深層水の利用の可能性および方法を調査・検討しています。

将来の展望については「海洋温度差発電を久米島町、ひいては沖縄県のベースロード電源としたい」(地元自治体である久米島町)とのことで、太陽光発電や風力発電とあわせ、再生可能エネルギーの自給自足体制を確立することを、町としての最終的な目標として掲げています。

民間産業の振興にも大きく貢献

海洋温度差発電は深層水・表層水の温度差を利用するため、海水そのものが汚れる心配はまったくありません。利用後、そのまま海に戻すのはもったいないと感じるのは誰でも同じこと。

実際、海洋温度差発電の実証試験が始まる前から、「沖縄県海洋深層水研究所」では、様々な研究のほか、建物の冷房にも深層水が利用されていて、省エネに役立てられています。

また、ホウレンソウのハウス栽培にも深層水が利用されています。具体的には、深層水で冷やした真水の管を地中に通すことで土壌を冷やし、ホウレンソウの通年栽培を実現。沖縄では夏に収穫できないホウレンソウ等の葉野菜が、おかげで一年中手に入るようになりました。

そのほかにも、深層水は様々な産業に利用されています。

発電に利用された深層水・表層水を貴重な海洋資源として民間事業に再利用して有効活用することにより、エネルギー利用効率と経済性の向上に結びつけようという試みも、「沖縄県海洋温度差発電実証試験設備」が掲げる柱の一つです。

パワーアカデミー事務局では、そんな海洋深層水の産業利用施設についても足を運んでみました。

その一つが、海ぶどうの養殖場です。グリーンキャビアとも呼ばれる海ぶどうは沖縄県の名産。「沖縄県海洋温度差発電実証試験設備」近くの養殖場では、パイプラインを通じて運ばれてきた深層水・表層水をシステム一元管理のもとで養殖に最適な24℃~25℃にブレンドし、養殖を行っています。表層水には植物性プランクトンなどの栄養素が豊富に含まれており、高品質の海ぶどうが生産できるとのこと。現在、年間約200トンの生産量を誇り、久米島の古称"球美島(くみじま)"から『球美(くみ)の海ぶどう』のブランドで販売されています。

もう一つご紹介したいのが、世界初の牡蠣の陸上養殖です。生牡蠣で心配なことと言えばノロウイルスによる食中毒です。私たちの食卓に並ぶ牡蠣は、しっかり洗浄されてはいるのですが、完全にノロウイルスを取り切ることはできていないのが現実。そこで、発案されたのが、ウイルスフリーの深層水を利用した養殖です。「沖縄県海洋深層水研究所」から分水されている水深612mの深層水はほぼ無菌で、この中で育った牡蠣であれば、ノロウイルスを含む心配はありません。そこで、海ぶどうの養殖場と同様に、パイプラインで深層水を引いて、養殖実験を行っています。養殖には栄養素となるプランクトンが必要ですが、その培養には久米島の日照を利用するという仕組み。現在はまだ実験段階ですが、「3年後には久米島ブランドの"あたらない牡蠣"として売り出したい」とのことです。

海洋温度差発電によって電力を地産地消しながら、海水の再利用で産業振興も図っていこうとする「久米島モデル」。今後の展開が楽しみです。

深層水の複合利用

沖縄県海洋温度差発電実証試験設備をご案内いただきました

当日ご案内いただいた「沖縄県海洋温度差発電実証試験設備」及び関連産業施設をご紹介します。

海洋温度差発電実証試験設備

久米島の海岸近くに設けられた海洋温度差発電実証試験設備。日本で唯一の設備で、これまでに1万人以上の人が見学に訪れています。

タービン発電機

海洋温度差発電実証試験設備の最上部にはタービン発電機が納められています。台風によるダメージを防ぐためにタービンは、内部に納められています。

凝縮器と蒸発器

青い設備が、凝縮器。冷たい深層水で作動流体(代替フロン)を冷やして液体に戻します。
液体となった作動流体(代替フロン)は、赤い設備の蒸発器に送られて蒸発します。その圧力差によってタービンが駆動し、発電します。

発電使用後の表層水・深層水パイプライン

発電で使用された後の表層水・深層水は、海ぶどう養殖場と牡蠣の陸上養殖試験場にパイプラインで供給されています。

説明モデル

見学者向けに温度差発電の仕組みをわかりやすく説明するためのモデル。赤い部分が温かい表層水で、青い部分が冷たい深層水を表しており、稼働させるとタービン発電機を摸擬した小さな風車が実際に回転します。

沖縄県海洋深層水研究所

海洋温度差発電実証試験設備が位置する沖縄県海洋深層水研究所 本館。深層水はこの建物内の冷房にも利用されています。

海ぶどう養殖施設

沖縄県海洋深層水研究所から送られてきた表層水と深層水を最適温度にブレンドして、海ぶどうの養殖が行われています。ブレンドされた海水の温度はシステムで一元管理されています。

育てられた海ぶどう

比較的小粒で、プリッとした歯ごたえが特徴。とてもさわやかな味わいが好評で、『球美(くみ)の海ぶどう』として空港の売店などでも人気です。

牡蠣の陸上養殖実験施設

ほぼ無菌というウイルスフリーの深層水を利用して行われている、牡蠣の陸上養殖の実験。世界で初めての試みです。

育てられた"あたらない牡蠣"

実証実験では2年ほどかけて稚貝から10cmほどの大きさに育てられました。さっぱりした味わいが特徴で、牡蠣独特の生臭さが苦手な方にもお勧めできる味です。
現在は量産化に向け、種苗の試験を実施しており、3年後の流通開始を目標に取り組んでおります。

編集後記

ご案内いただいた一般社団法人国際海洋資源エネルギー利活用推進コンソーシアム事務局の日比野時子さん(右)と、株式会社ゼネシスの岡村 盡さん(左)。「自然エネルギーによる自給率100%の島を目指したいですね」と夢を語ってくださいました。(取材当時)

取材日はあいにくの曇天でしたが、それでも久米島の海は、どこまでも美しい碧色でした。この海から取水した海水を発電や産業振興に役立てようというのが「久米島モデル」。既に島の名産である車エビの養殖に成功し、現在はご紹介したように海ぶどうや牡蠣の養殖への取り組みが進められています。これまでサトウキビや和牛などの農畜産が中心だった久米島。海洋温度差発電実証試験設備の誕生を契機とした「久米島モデル」確立への挑戦は島の未来を大きく変えそうで、ワクワクさせられました。

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