vol.6 株式会社日立製作所

電力系統安定化を実現する蓄電システムの開発

開発者コラム vol.6

電力系統安定化を実現する蓄電システムの開発

株式会社日立製作所 研究開発グループ 材料イノベーションセンタ エネルギーストレージ研究部
武田 賢治さん

開発者

武田 賢治(たけだ けんじ)

株式会社日立製作所 研究開発グループ 材料イノベーションセンタ エネルギーストレージ研究部

2000年
九州大学工学部電気電子工学科卒業
2002年
九州大学大学院 修士課程修了(電気電子システム工学専攻)
2002年
株式会社日立製作所 入社 研究開発グループ配属、現在に至る。

はじめに

自然エネルギーの活用が注目されている近年、情報メディアや生活風景の中で発電用の太陽電池モジュールや風車を見かける機会が多くなりました。しかし、現在の電力システムでは自然エネルギーの受け入れに限界があるため、その対策の一つとして電力貯蔵システムの活用が注目されています。今回、私たち日立グループのチームが取り組んでいる、二次電池を用いた電力貯蔵システム「CrystEna」の開発についてご紹介させていただきます。

電力貯蔵システム

電力供給の安定化には、常に周波数を一定値に維持する必要があり、従来は高度な需要予測技術を用いて電力の需要と供給のバランスを調整してきました。しかし近年、太陽光や風力などの自然エネルギー由来の発電システムが電力システムに多数連系されてきたことで、気象条件により不規則に発電電力が変動し、電力の需要と供給のバランスを調整することが複雑化しています。そのため、電力の需要と供給のバランスを調整する新たな手段として、電力貯蔵システムの適用が考えられます。

電力貯蔵システムは、エネルギー形態の変換を通じて、電力が余った時に蓄積(充電)し、電力が不足した時に放出(放電)することで、需要と供給のバランスを調整することができます。また、電力貯蔵システムには、様々なエネルギー変換手法が考案されていますが、例えば、位置エネルギーを利用する揚水発電、運動エネルギーを利用するフライホイールなども挙げられます。今回紹介する二次電池を用いた電力貯蔵システムは、電気化学エネルギーへの変換を利用しており、揚水発電等に比べ設置場所の制約が少なく、発電・送配電・需要家など電力網の色々な地点での活用が期待されています。

二次電池の例

二次電池は、電気化学的エネルギーへの変換で電力を蓄積しますが、電池内部のミクロな現象で考えた場合には、電子やイオンが正極と負極の間で移動し、または反応することによってエネルギーが蓄積されます。また、二次電池は、材料や反応原理によって色々な技術が提案されています。代表例のひとつであるリチウムイオン電池は、エネルギー密度の高いリチウムを採用し、他の二次電池と比べて小型・軽量の特徴を持っています。リチウムイオン電池は、スマートフォンなどのモバイル機器や電気自動車などに広く適用されていますが、近年では電力システム用途の電力貯蔵システムへの適用も始まっています。

電力貯蔵システムの性能は、出力(W)と電力容量(Wh)に分けることができ、高出力とは瞬発力、高容量とは持久力に優れていることを表します。特にリチウムイオン電池は、他の二次電池と比べて単セルあたりの電圧が高いため、高出力の特性を有しており、瞬発力タイプすなわち短時間で充放電を繰り返す用途に適しています。一方、リチウムイオン電池に比べ起電力が低く内部抵抗も高い鉛蓄電池は、持久力タイプすなわち比較的緩やかな充放電を長時間のサイクルで繰り返す用途に適しています。

1MW蓄電システム

二次電池が蓄積する電力は直流であるため、交流の電力システムで用いる場合には、直流/交流変換のインバータ回路を備えたパワーコンディショナ(PCS:Power conditioning system)を介して、充放電の運転が行われます。また、二次電池は単セルの起電力が数ボルト程度のため、電力用途として大容量化にするには、複数個の単セルをモジュール化し、多直列・多並列接続したシステムを構築する必要があります。

リチウムイオン電池を用いた電力貯蔵システムの事例として、日立では大容量システムに対応できる1MWの蓄電システムを開発しました。システムはコンテナ型のパッケージとなっており、運搬や据付けの工事などを短縮できる工夫が為されています。コンテナの内部には、リチウムイオン電池盤、制御装置、データロガー、空調設備、自動消火設備などを搭載しています。この蓄電システムは、米国北東部のPJMという地域送電機関が管轄する電力系統において、周波数安定化に関わるアンシラリーサービスに用いられています。

1MWコンテナ型蓄電システムの外観

1MWコンテナ型蓄電システムの内部構成

リチウムイオン電池の寿命予測技術

ここで、1MW蓄電システムの開発で私たちのチームが取り組んだ技術を紹介します。
リチウムイオン電池が充放電を繰り返すと徐々に電池容量が低下することは、例えばスマートフォンのバッテリー持続時間が使用期間を経ると短くなるといった現象を通じて、皆さまも経験しているかと思います。リチウムイオン電池の電池容量低下の要因は、温度上昇による物質の変化、イオンの移動に伴う電極の変化、電極に発生する副生成物などが、電池内部でイオンと電子の移動を阻害しているためと考えられています。

そこで私たちは、充放電試験を通じて使用するリチウムイオン電池の劣化傾向を把握し、さらに分析機器を用いて原子レベルの劣化メカニズムを明らかにすることで、充放電のパターンや環境条件に対する電池の寿命予測技術について検証しました。

分析機器を用いた劣化メカニズム解析の例

その結果、お客様の寿命ニーズに応じてシステムに搭載する電池容量を適切に調節することができ、無駄の少ない蓄電システムを提供することが可能になりました。さらに、マージンが把握できるのでシステムの高信頼化を図ることができました。また、上記のアンシラリーサービスの運転において、システム出力の追従性や稼働率を高め、リチウムイオン電池の劣化抑制と寿命延伸を両立する運転制御方式を開発しました。

さいごに(今後の、学生のみなさんへ)

電力貯蔵システムは自然エネルギーの普及を促す基盤として大きな役割を担っています。なかでも二次電池を用いたシステムは設置場所の制約が少ないため普及が見込まれています。今回は私たちのチームで取り組んだリチウムイオン電池の寿命予測技術について紹介しましたが、その他にも、電池の温度上昇を防ぐための流体解析・冷却技術や、パワーコンディショナにおける電力損失を低減するための電気回路・パワーエレクトロニクス技術、電池の特性を収集して効率的な運用を目指すビッグデータ技術など、様々な技術者が開発に貢献しています。

電気工学はこれらの様々な分野の技術者を結びつける共通の学問だと思います。学生の皆さまのご活躍によって電気工学がさらに発展することを期待しています。

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