自然と調和した、東北独自の電力システムをつくりたい 東北大学大学院工学研究科 斎藤 浩海教授

被災して感じたこと、エネルギー供給源の多様化の重要性

被災して感じたことを教えてください。

斎藤:色々ありますが、まず毎日の生活ですと、電気やガスが止まったこと。それから、ガソリンの供給不足が一番、困りました。車が使えないので交通手段がなくなったからです。

また、今回の震災で非日常的だと思ったのは、スーパーマーケットに物を買うために、約7時間並んだことです。ようやく店へ入れても、売り切れ寸前で、何とか少し買えたぐらいでした。その上、ひとり1,000円以内までと決められていました。このような状態が、1週間ぐらい続いたわけです。

車は走らない。走っているのは自転車だけで、あとは歩くしか手段が無い状態です。食べ物を買うために品不足で人が並ぶという状況は、現代社会ではちょっと想像がつかない情景でした。本当に戦時中というイメージでした。だから、戦争や非常事態になると、こういうことになるんだと多くの仙台市民は感じたと思います。私自身、砂上の楼閣とまでは言いませんが、現代社会は実に脆い基盤の上に立っているのではないかと意識が変わりました。

震災を受けて、先生の研究に影響はありましたか。

「現状のシステムを効率よく使っていくことにウェイトが置かれていますが、それだけだと何かあってシステムがつぶれてしまったときに立ち上がれなくなってしまうと思うのです」と語る斎藤教授

斎藤:震災そのものによって私自身の研究テーマが変わることは、特別にはありません。ただ一番感じるのは、再生可能エネルギーのような電源も使う"エネルギー供給源の多様化"の必要性が、明示されたのではないでしょうか。どうしても、経済性のみを追求して最適化していくと多様性というものが失われてしまいます。要するに、安く上手くやれる方法がみつかってしまうと「色々なことを考えてやるよりは、これだけをやっておけば十分じゃないか」というふうに、だんだん人間は考えなくなってしまうと思うのです。

しかし、今回の震災で「いやそうではない。確かに最適化も大事だけど、多様性をいかに保って、その上で最適性を追いかけるか」という電力システム(学問的にはシステム工学)の視点が大切であることをあらためて感じさせられました。再生可能エネルギーは扱いにくく電力量も期待できないかもしれませんが、従来の大規模電源と一緒に電力システムの中で使っていくことが、電力システムに関わる全ての人に求められているように思われます。どうしても経済性を追求するがゆえに、現状のシステムを効率よく使っていくことにウェイトが置かれていますが、それだけだと何かあってシステムがつぶれてしまったときに立ち上がれなくなってしまうと思うのです。このことを震災は教えてくれたのではないでしょうか。

電気を供給する側と電気を使う側が協力するシステムつくり

震災を受けて、これから斎藤先生が目指す研究を教えてください。

「今後は需要側もシステムの一部に取り込んで消費者との協力を得ていくことが重要ではないでしょうか」と語る斎藤教授

斎藤:私自身が今、科学研究費を頂いて始めたのは、消費者が電力の使い方においてどんな行動をするのかということを、モデル化できないかという研究です。CO2排出削減や電力の品質悪化などの問題に対して、消費者は一体何が協力できるのかを研究しています。

なぜこのような研究をやるのかというと、供給側と需要側の相互協力がなければ実は電力システムというインフラはうまく動いていかないと思うのです。今まではどうしても供給一辺倒で電力の品質悪化を解決しようとしてきましたが、今後は需要側もシステムの一部に取り込んで消費者との協力を得ていくことが重要ではないでしょうか。

そうすると、人間的な協力関係、いわゆるコミュニティも大事になってきます。だから、電力会社と地域住民、つまり供給側と需要側の間に協力関係がつくられたらいいなぁと思います。もしかしたら、工学の範囲におさまらない研究かもしれませんが。。。

ただし本質論から申し上げますと、インフラというのは、決して電気事業者だけが担っているものではありません。基本的に、インフラは社会のもので国民全員のものです。そう考えると、電力を供給する電気事業者側と、それを使う側が協力して何かをやるということは、別におかしな話ではないはずです。最初から需要側の協力を想定して、電気事業者側も色々なシステムや技術を開発しておくことが大切ではないでしょうか。

農業と融合した、東北なりの独自性を持った電力システムの構築

今後の日本復興に電気工学はどんな役割を果しますか。

斎藤:私は日本がどういう形で復興するか分かりませんが、日本はエネルギー資源を持たない国なので、エネルギーをどう調達して上手に使っていくのかが重要になります。その部分で電気工学がキーになるのは間違いないはずです。その上、電気エネルギーだけでなく、熱エネルギーも含めて、"エネルギー"という広い範囲の技術開発において電気工学やパワーエレクトロニクスはキーテクノロジーだと思うので、今後の日本の在り方に大きく貢献するのではないでしょうか。

最後に全国の皆さんへメッセージをお願いします。

斎藤:東北は自然が豊かで、かつ日本の国土の多くを占める場所です。そういう東北の良さを生かした電力システムの研究を進めていきたいと思います。もう少し東北としての電力システムの優位性や存在感があってもいいのではないでしょうか。例えば、北欧のような人口1000万人ぐらいの地域でも、エネルギー使用と生活のバランスが取れています。こうしたやり方がもしかしたら東北には向いているのかもしれません。あるいは、東北の主たる産業である農業と先進的な電気エネルギーがうまく融合した社会がつくれないだろうかと考えています。東北なりの独自性を持った研究を行うことで、今後の復興に貢献していきたいですね。

「東北の主たる産業である農業と先進的な電気エネルギーがうまく融合した社会がつくれないだろうかと考えています」と語る斎藤教授

東北大学大学院工学研究科 斎藤 浩海 教授 プロフィール

84年東北大学工学部電気工学科卒業、89年同大学院工学研究科電気及通信工学専攻博士後期課程修了、東北大学工学部助手、同助教授を経て2002年より現職。電気学会電気学術振興賞論文賞、インテリジェント・コスモス学術振興財団インテリジェント・コスモス奨励賞などを受賞。大規模電力システムの安定度監視、分散型電源と電力ネットワークの協調制御に関する研究を行っている。

電気工学へ進んだきっかけ/私は、数学が好きだったので本当は理学部を希望していました。でも高校の先生に『いや数学なら、電気系だよ』と言われて、つい勢いで入ってしまいました(笑)。

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